ハクモクレン

ハクモクレン。早春の空に舞う優雅な白い花をイメージした柄です。

モクレンは、英語ではマグノリア。モクレン科モクレン属の総称で、1億年近く前にはすでに地球上に存在していたといわれています。
恐竜の時代も生き抜いたその生命力から、世界中で「忍耐」や「持続」、「高潔」の象徴とされています。

モクレンというと、学術的にはシモクレン(紫色の花のモクレン)を指すのだそうで、ハクモクレン(白い花のモクレン)とは区別されるそうです。
シモクレンの樹高は5m前後の中高木なのに対し、ハクモクレンは10m以上になる高木で、ハクモクレンの方がシモクレンより早く春先に開花し、あっという間に散ってしまいます。
春の訪れとともに、青空を背景に、見上げるような高さの位置に咲き誇る大輪の白い花はなんとも優雅で高潔さを感じます。

モクレンはツボミを見ると、尖った先がすべて北を向いて、方向指標植物(コンパス・プラント)と呼ばれます。これは、良く光が当たる南側が成長して膨らむためで、花の向きがそろっている姿にも美しさを感じます。

参考にさせていただきました。

https://weathernews.jp/s/topics/202203/180265/
https://www.hana300.com/hakumo.html
https://www.yomeishu.co.jp/genkigenki/crudem/200331/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%B3
https://www.forest-akita.jp/data/2017-jumoku/08-haku/haku.html

ハクモクレンの花言葉|花の特徴、モクレンとコブシとの違い

ハクモクレン


https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-173
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マグノリア(モクレン)は、1億年近く前から地球上に存在する非常に古い歴史を持つ植物で、モクレン科モクレン属の総称です。恐竜の時代から生き抜いてきたその生命力から、世界中で「忍耐」や「持続」、「高潔」の象徴とされています。

コブシが咲く頃、公園や庭などでボリュームのある大きな白花を咲かせる。花は、レモンやライムのような芳香を放つ。花が終わる頃に葉が出る。中国原産の高木で、公園樹や庭木として植えられる。よく似た紫色の花は、モクレン。日本産のコブシと似ているが、花弁の幅が広く大輪で、枝ぶりもハクモクレンの方が太い。

方向指標植物(コンパス・プラント)・・・早春のツボミを見ると、尖った先が一方向になびいているように見える。これは、ツボミが大きくなる過程で、良く光が当たる南側が特に生長して膨らむことから、先端は一様に北を向く。このため、北の方向を示す目印になる。同様に、モクレンやコブシ、タムシバも、早春のツボミはほとんどが北を向く。だから、早春の山では、コブシやタムシバの花は磁石代わりになる木として知られている。

春を象徴する花といえば梅や桜が挙げられますが、モクレンやコブシも春に欠かせない花です。

モクレンには紫の花を咲かせる種類もありますが、白い花を咲かせるハクモクレン(白木蓮)とコブシ(辛夷)は、見分けがつかないほど似ています。
春が近づく今の時季に、ほぼ同時に花を咲かせます。
コブシとモクレンはどちらもモクレン科モクレン属
モクレンは、モクレン科モクレン属の落葉広葉樹です。モクレンといえば紫色のシモクレン(紫木蓮)と白色のハクモクレン(白木蓮)が一般的ではないでしょうか。
どちらも中国原産ですが、シモクレンとハクモクレンは花の色以外にも大きく異なります。シモクレンは樹高4~5mほどの中高木で、根元から数本の茎が立ち上がる“株立ち”になりやすい木です。
一方のハクモクレンは樹高20mにも達します。どちらも日本に古くから渡来しており、寺院などに植栽されてきました」(小山さん)

「コブシもモクレン科モクレン属の落葉広葉樹です。別名ヤマアララギ、コブシハジカミ、種まき桜などと呼ばれます。日本や韓国、済州島に自生している樹木です。
東北地方などでは、コブシの開花が農作業を開始する目安とされる地域もあります」

ハクモクレンの花言葉は「高潔な心」だそうです。
コブシの花言葉は「友情」「歓迎」。この時期にぴったりですね。

ハクモクレン

ハクモクレンは、別名ハクレン、ハクレンゲとも呼ばれている中国原産のモクレン科の落葉高木。街路樹、公園、庭園、寺院、庭木など身近な場所にも植栽されています。
冬のハクモクレンが、ふわふわとした柔らかい銀色の毛に包まれているのは、寒さからつぼみを守るためだと考えられています。樹高は10~15mくらいになり、3月~4月に枝先に白い美しい大輪の花を咲かせます。9枚に見える花弁は、6枚の花弁と3枚の萼片(がくへん)で構成されています。
ハクモクレンは、見上げるような高さの位置で大きな白い花が開花し、その大輪の花は遠くからでも目を引きます。春の青空の中で、優雅に咲き誇る白い花は、桜とはまた違った美しさで人々を魅了します。

ハクモクレンの学名マグノリアは、ハクモクレン、シモクレン、コブシをはじめとした、たくさんの種類の総称です。マグノリアという名で販売されている場合もあるので、花の色、樹高や開花時期などを調べてから購入することをおすすめします。

シモクレン

モクレンというと紫色のモクレンをさすのが一般的ですが、両者を呼び分ける際は、白い花をハクモクレン、紫色の花をシモクレンと表現します。
シモクレンの樹高は5m前後ですが、ハクモクレンは高木で、10m以上になる木です。開花時期は、ハクモクレンの方がシモクレンより若干早く開花します。

蕾は鼻の病に使われる生薬「辛夷(しんい)」に

「ハクモクレン」は春を告げる香り高い大きな花ですが、花は短命です。春を待ちわびて咲き始めた花も、風が強い日や、薄霜の日は、白い花弁が褐色になって落下します。樹下一面に広がっている褐色の花びらは、自然の厳しさと無常を象徴しているようにも見えます。
モクレンは、学術的には「シモクレン(モクレンゲ)」を指します。ハクモクレンもモクレンも、花だけ見るとほとんど同じように見えますが、性状や花期が違います。ハクモクレンは樹高が5~10mで太い幹を立てますが、モクレンは3m程度で叢生(そうせい)する性質があります。花期はハクモクレンがモクレンより1カ月ほど早く、香りは白い花が強く、花弁は紫の花のほうが大きいです。花の中央部には上方に雌芯、周囲に雄芯が多数あり、7月頃に赤色の果実が実ります。蕾は毛で覆われ、先端は北方に向かって曲がる傾向があります。これは、芽の発育が旺盛な時、南側から陽光に照らされるため、南側の成長が早く、花芽の先端が北に向いてしまうためです。

薬用には、開花直前の蕾を採取し、軸を除いた後、風で乾燥させます。生薬名は「辛夷(しんい)」です。中国最古の漢方の書物『神農本草経』(250年~280年頃)の上品に収載されている生薬で、「辛雉」「木筆」「迎春」などとも呼ばれています。蓄膿症や鼻炎、鼻づまりなど鼻の病気一般や、頭痛、解熱、鎮咳などに用いられています。
花言葉は「自然の愛」「荘厳」「恩恵」です。

ハクモクレンやシモクレン、コブシなどモクレン属の植物は方向指標植物(コンパス・プラント)と呼ばれます。早春のツボミを見ると、尖った先がすべて北を向いていて、山中などでは磁石の針のように方位を知るのに役立ちます。これはツボミが大きくなる過程で、良く光が当たる南側が生長して膨らむためです。

菱餅羽根

3月3日の桃の節句(ひな祭り)に、娘の無病息災や成長を願って雛人形とともに供えられる菱形の餅、菱餅(ひしもち)を矢羽根仕立ての柄にしました。
桃・白・緑の3色が一般的で、桃の花、雪、大地を表し、春の訪れと健康、厄除けを意味します。

別名「雛 (ひな) の餅

■色の意味

赤:「魔除け」「先祖を尊ぶ心」
紅(赤)は桃の花、
解毒作用がある山梔子の実で赤味を付けて健康を祝うためであり、桃の花を表している。
色紅(代用品に赤梅酢でも可)

白:「子孫繁栄」「長寿」「清浄」
白は純白の雪、
この白い色が清浄を表し、残雪を模している。また、菱の実を入れて血圧低下の効果を得るという意味もある。

緑:「厄除け」「健康」
緑は新緑や大地をイメージしています。
初めは母子草(ハハコグサ)の草餅であったが、「母子草をつく」と連想され、代わりに、増血効果がある蓬を使った。春先に芽吹く蓬の新芽によって穢れを祓い、萌える若草を喩えた。
よもぎ(代用品として青のりでも可)

■米は穀霊(こくれい)が宿る神聖な食べ物

日本の行事にはお餅がつきもの。お正月には鏡餅や雑煮、端午の節句には柏餅、祝い事には餅を配るなどたくさんの例があります。
米は穀霊(こくれい)が宿る神聖な食べ物とされ、米をついて作るお餅には、そのパワーが凝縮されていると考えられていました。

■菱餅の菱形には健康と長寿の願いが込められている

菱餅の菱形には健康と長寿の願いが込められている
菱餅が菱形なのは、宮中で正月に食べる「菱はなびら餅」を模しているから、菱の実を食べて千年も生きたという仙人の話にちなんで菱の実の形を模しているからなど、諸説あります。しかし、いずれにしても、健康で長生きできるようにとの願いが込められています。

菱餅が現在のかたちになったのは江戸時代からです。もともとのかたちは定かではありません。しかし三重県では菱餅のことを「三角餅」と呼び、静岡県の遠江地方では3月3日に三角形のお餅を子どもから親に贈る風習が残っています。これらを踏まえて、もとは三角形のお餅だったのではないかと考えられています。

■最初は緑だった

中国では、ひな祭りを行う「上巳の節」に母子草(ははこぐさ)を入れた餅を食べる習慣があり、それが日本に伝わったとされています。母子草とは春の七草のひとつで、御形(ごぎょう)とも呼ばれます。日本では縁起がよくないとれ、邪気を払うヨモギが「菱餅」の緑色に使われるようになりました。

菱餅といえば緑・白・赤の3色が定番ですが、日本に伝わった頃は緑一色でした。前述の通り、中国から伝来したのは母子草の草餅でしたが、日本では「母と子をつく」のは縁起が悪いと考え、蓬(よもぎ)を用いるようになりました。蓬餅には、春先に芽吹く蓬の力で厄を払い、元気でいられるようにとの願いが込められています。

その後、江戸時代に菱の実を用いた白い餅を加えて2色になりました。菱の実は繁殖力が強いので子孫が繁栄するようにという願いが込められ、また白い色で清浄が表されています。さらに、明治時代にくちなしで染めた赤い餅を加えて魔除けを表すようになり、現在のような3色の菱餅となりました。また、蓬には増血、菱には血圧低下、くちなしには解毒の作用があるとされ、ここも健康や長寿につながる縁起物だとされるゆえんかもしれません。

上から桃色・白色・緑色の順で重ねられているものは、「桃の花が咲き、雪の下から新緑が芽吹きだしている」という早春のようすを表現しているそうです。

3色のひなあられは、一般的に桃色・白色・緑色です。
ひなあられは菱餅を食べやすいように細かく砕いたものだといわれています。


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【プロが解説】ひな祭りに飾る「菱餅」の由来・意味とは? かつては緑色だった!?


https://precious.jp/articles/-/17057
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%B1%E9%A4%85

菱餅はなぜ3色?ひなあられはどうして食べる?ひな祭りに欠かせない食べ物の由来や歴史


https://www.kurashiru.com/lists/card/17005d6a-884c-4bcd-a624-a0400544ba91

柊菱

鋭い葉が特徴のヒイラギ。
立春の節分には、ヒイラギに、臭いイワシの頭を刺して玄関先に飾られます。
これは、とがったもの、強い香りのあるものが厄を払うという日本古来の風習に基づくそうです。

ヒイラギといえばクリスマスの飾りも思い浮かべますが、
クリスマス用に使われるのはモチノキ科の西洋ヒイラギ。春に開花し、冬に赤い実をつけるのに対し、
ヒイラギは冬に白い花をつけ、夏に青黒い実をつけます。

ヒイラギの葉をダイヤ柄状にアレンジした柄です。
ヒイラギの花の実の色でカラーリングしてみました。

■クリスマスの飾りとは実は別物

「木」偏に「冬」で「柊(ヒイラギ)」と書くように、ヒイラギは冬を代表する植物です。

ただし、クリスマスの飾り用に使われるのはモチノキ科の「ヒイラギモチ」。昭和時代に輸入された植物で、5月に花期を迎え、秋から冬にかけて赤い実を結実します。一方、日本特産の「ヒイラギ」はモクセイ科で、11月頃に花期を迎え、春に黒い実が熟します。

■ヒイラギと西洋ヒイラギの違い

名前が似ているヒイラギと西洋ヒイラギ(セイヨウヒイラギ)は、植物学上は異なる科に属する別の植物です。

ヒイラギはモクセイ科モクセイ属、西洋ヒイラギはモチノキ科モチノキ属に属します。

見分けるポイントは葉のつき方です。ヒイラギは対生(向かい合ってつく)、西洋ヒイラギは互生(互い違いにつく)です。

また、花の咲く時期も異なり、ヒイラギは11月~12月、西洋ヒイラギは4月~5月に開花します。

最大の違いは、西洋ヒイラギは冬に赤い実をつけること。
ヒイラギは冬に白い花をつけ、翌夏に青黒い実をつけます。また、ヒイラギの葉は対生ですが、セイヨウヒイラギは互生です。

■立春の節分に飾る柊鰯(ひいらぎいわし)

立春の節分に、ヒイラギの枝とイワシの頭は、柊鰯として「魔除けや厄除け」の意味をこめて玄関先に飾られます。
鬼が嫌う「イワシの匂い」と「とげとげした葉先が鋭いヒイラギ」を飾り、鬼が家へ入ってこないようにとの願いを込めて飾られたのが由来です。

■魔除けとしての由来

葉の鋭いトゲと花の強い香りが邪気を寄せつけないと信じられてきたためです。
この考え方は、「とがったもの、強い香りのあるものが厄を払う」という日本古来の風習に基づきます。
特に有名なのが、節分の風習「柊鰯」で、焼いたイワシの頭をヒイラギの枝に刺したものです。
鬼が嫌いなイワシのにおいと、ヒイラギのとがった葉を組み合わせて飾ることで、魔よけの意味合いが含まれています。

■雌雄異株
ヒイラギの花は11月から12月はじめの初冬に咲く。葉腋に集まって、直径5mmほどの白い花を咲かせる。雌雄異株であり、雄花は2本のおしべが目立ち、長い花糸が突出し、葯が目立ち、めしべは頭が出る程度。雌花は、めしべが発達して突出するとのこと。花冠は4裂し、反り返る。良い香りがある。

■老木は葉が丸くなる

老木になると葉の棘は次第に少なくなり、無くなって全縁となってしまう。
 幼木では棘があるが成長すると棘が無くなる植物は多い。幼木の時期は樹高が低く、草食動物などに食べられてしまう危険性が高く、棘で武装するが、成長して樹高が高くなると棘を持つ必要がなくなるからである。棘を作るためにはそれなりのエネルギー投資が必要なのであろう。

ヒイラギはモクセイ科モクセイ属の常緑高木で、一年中葉が茂っています。冬にキンモクセイの花を白くしたような花を咲かせます。
ヒイラギが晩秋~初冬にかけて花をつけることから、「木」と「冬」を組み合わせて「柊」になったと言われています。また、ヒイラギの葉のトゲに触ると痛いことから、ひりひり痛むことを意味する「疼ぐ(ひいらぐ)」が語源とも言われています。

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https://www.hana300.com/hiirag.html
https://www.yomeishu.co.jp/genkigenki/crudem/191128/

【ヒイラギの育て方】魔除けの木を元気に育てるコツとは?

ヒイラギの花言葉|花や葉の特徴、名前と花言葉の由来


https://www1.ous.ac.jp/garden/hada/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/oleaceae/hiiragi/hiiragi.htm

ヒイラギ


http://kobenohana.ec-net.jp/26syokuha/hiiragi1202.html
https://www.kkr.mlit.go.jp/rokko/rokko/vegetation/sp/183/index.html

ホースシュー

2026年の干支、午年にちなんで、
幸せを呼ぶラッキーモチーフ、馬の蹄につける蹄鉄の柄です。

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ほんの数十年前まで、馬は社会の基盤だった。人々は馬車で移動し、商人は馬で商品を運び、農民は馬の力で土地を耕し、兵士は馬に乗って戦った。歴史のなかで馬が家畜化され、人間の「足」となったのはいつだろうか?

野生の馬は約400万年前に北米で生まれ、ベーリング陸橋を渡ってアジア、ヨーロッパ、アフリカへと広がった。人類にとっては、最初は肉を得るための獲物だった。

1990年代に馬の家畜化についての科学的探究が始まった。西アジアのステップ地帯にある5000年前以前のヤムナ文化の遺跡から出土した馬の歯にハミの痕が見られたことから、この時期に馬が家畜されたとの「クルガン仮説」が提唱された。馬に乗ったヤムナ人がユーラシア一帯に進出し、クルガンと呼ばれる墳丘墓と、今日の言語のもととなったインド・ヨーロッパ語をもたらしたとの見方だ。

だがこの馬の骨の放射性炭素年代測定を実施したところ、ヤムナ文化のずっと後、3000年前以降のものとわかった。それでもクルガン仮説は消えず、考古学者らは西部ステップにあるヤムナ文化と同時代の遺跡、ボタイから出土した馬の歯の特徴から、馬に付ける頭絡の使用が示唆されると主張した。

その後、動物考古学の進歩によって状況が変わり始めた。まず北米の氷河期の遺跡で見つかった数十頭の野生馬の歯にボタイの馬と同じ特徴が見られ、頭絡の影響ではなく自然の個体差だと判明した。さらにボタイの馬のゲノムが解析され、そもそも家畜馬の祖先ではなく現存する別種の野生馬だったとわかった。

その後、ユーラシア各地で見つかった馬の骨のゲノム解析から、家畜馬の祖先は紀元前2200年ごろに黒海北岸のステップに出現したことが判明し、クルガン仮説はほぼ否定された。

初期の馬の家畜化を示すの証拠の1つは、カザフスタンにある紀元前2000年ごろの遺跡に二輪戦車とともに埋葬されていた馬の骨だ。

近年ペスト菌のDNA解析から、ヨーロッパを壊滅させた初期株は中央アジアの砂漠やステップで出現し、14世紀初頭に馬による広域移動ルートやシルクロードに沿って広がったことが見えてきた。

家畜馬はその後アフリカのサヘル・サバンナ地域、北米のグレートプレーンズ、南米のパンパ、さらにオーストララシアや太平洋の島国にまで到達し、新たな文化を形作った。

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馬の祖先が誕生したのが、およそ5500万年前。
人が馬を家畜化したのが、およそ6000年前。
日本に馬が渡来したのが、5世紀はじめ頃。
京都の上賀茂神社で加茂競馬が行われたのが、1093年。
イギリスで、サラブレッドと近代競馬が誕生したのが、1700年代前半頃。
横浜の根岸で、洋式競馬(近代競馬)がはじまったのが、1860年代頃。
そして、これからも人と馬の物語は続いていく・・・。

「身につけていると幸せになれる」といわれる”ラッキーモチーフ”。
四つ葉のクローバーや月など数々のモチーフがありますが、馬の蹄につける”蹄鉄”もそのひとつ。
蹄鉄(ていてつ)は主に馬の蹄に付ける金具のことを言い、馬蹄(ばてい)は馬の蹄を守るために装着するものの総称です。

そもそも野生の馬に蹄鉄は必要ありません。野生の厳しい環境下で栄養価の高い自然の餌で生活することで蹄が頑丈に発達するためです。
一方、家畜として飼われる馬は、多様性の少ない餌で栄養が十分にとれず、限定された環境で育つため、蹄が発達しにくく傷にも弱くなってしまいます。また馬車や積み荷などで馬が受ける負荷が増すことも、より蹄を磨耗させてしまうため、蹄の形に沿った蹄鉄を装着するようになりました。

ラッキーアイテムの所以は諸説ある
人と馬の歴史は深く、蹄鉄も中世以降のヨーロッパを中心に広がりました。
あわせて馬蹄はヨーロッパでは伝統的なお守りとされていて、魔除けや富の象徴などの意味が込められていますが、その起源は諸説あります。

ヨーロパ民族ケルト人が、ダーナ親族を鉄器と騎馬で打ち倒したことから、邪鬼など異界の住人は鉄=蹄鉄を嫌うとされた
イングランドの鍛冶屋が悪魔の足に蹄鉄を打ち付け、嫌がる悪魔に扉に蹄鉄が留められているときは絶対中に入らないという約束を取り付けた
村人が権力者の馬の蹄鉄を修理して大きな収入を得た
蹄鉄を蹄に打ち付ける釘の数は7つ=ラッキーセブン
また、日本では「馬は人間を踏まない」という性質から「安全運転」のお守りとする風習が生まれました。

人類の歴史は馬と切り離せない。生産手段や交通手段となり、権力の象徴や軍事力にもなり、また友でもあった。

人間の歴史は、「ウマ以前の時代」と「ウマ以後の時代」に分けられると言っても過言ではありません。人間は馬を保有したことによって、人間の歴史の構造を根底から変えるダイナミックな変化をもたらしました。ウマから速い移動速度を得た人間は、世界を探検し、遠方との取引が可能になりました。そして同時に、言葉や文化、病原菌でさえも、かつてないスピードで広まりました。
人間がウマを家畜化できるまでには多くの時間がかかりましたが、家畜化後はほんの数世紀のうちに、世界の各地にまで伝播しました。現代は内燃機関等に取って代わられて、ほとんどウマが登場する機会は減りましたが、「ウマ以後の時代」は20世紀初頭まで続き、人間にとって長らくウマは日常世界になくてはならない存在であり、世界はウマを中心に回っていました。
4000年以上もの間、人間が手懐け征服したウマは、人間にとって最も必要であり、かつ高貴な存在でした。家畜ウマ、荷馬、農耕馬、軍馬、競走馬……。人間の求めによって、ウマの活躍の仕方が変わって行きます。本書は、魅力に溢れるウマの歴史をたどっていくことで、私たちの社会がどのようなものだったのか、私たちの文化や歴史をも解き明かしていく一冊です。

 「人とコミュニケーションができる家畜」として馬は長年人の役に立ち親しまれてきました。
いまから約5千年前、それまで食料として狩猟の対象であった馬(ウマ科ウマ属)の家畜化が始まりました。人が馬の速く走る能力や持久力に着目し輸送・移動の手段として利用するようになったからです。
  その結果、人は大量の物質を遠くまで運搬することができるようになりました。さらに荒れ地を開拓し、広い農地を耕作し、馬は人類の文明発展に大きく貢献してきたわけです。馬の種類も農耕に適した品種、軍事用の騎乗馬など用途ごとに200種類を超える改良がなされました。
  しかし自動車などの文明の利器の発達と引き換えに馬の需要は急速に減少し、また農業の機械化により農耕馬の活躍する場も少なくなってきました。たとえば、「ドサンコ」として知られる北海道和種馬(在来種)は、明治末に9万頭を超えていたといわれていましたが、現在では1400頭余飼育されているにすぎません。世界的にみても娯楽用の競走馬(サラブレッド種)こそ残されていますが、馬品種の数は減少の一途です。

馬は元来「丈夫で力持ち」であり、さらに人による改良により、多様な用途に適した遺伝子をもっています。馬をいかに利用するか、その可能性は実は私たちの想像を超える大きなものなのです。ところで、動物はひとたび絶滅してしまうと、その品種を復元するのは非常に困難です。馬の多様な品種を保存するのは人の大事な役目といえるでしょう。

一つの例として、ここ数年注目されているのがホース・トレッキング(人馬と自然とのふれあい)やホース・セラピー(障害者の機能回復や情緒教育)です。ホース・トレッキングはコンパニオン性のある種類の馬を利用しています。人のストレスを解消し癒し効果が格別です。ホース・セラピーは癒しに加えて、揺れる馬上で馬にしがみつこうと体のいろいろな筋肉を使うことがダメージを負った機能の回復に効果があるのです。

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人と馬の関わりの歴史は大変長く、人類史が始まった5千年前頃には農耕や食用として馬の家畜化が開始したという記録があります。
その後、発展と共に輸送や軍事、娯楽など、様々な目的で馬が使われるようになりました。
紀元前500年には黒海周辺の遊牧民族が乗馬のための道具を発明し、そこから馬を活用した産業が一気に栄えていくことになります。
日本におきましても弥生時代の末期には、日常生活に馬を使っていたという記述が残っており、その歴史の古さを伺うことができます。
時の経過と共に、世界各地で馬術や乗馬が発展していきます。
それまで娯楽やスポーツとしましては馬車を使った競技が主流でしたが、17世紀頃にイギリスでサラブレッドが出現したことで、現代の競馬のスタイルが形成されました。
その後、科学の発展と共に、世界の多くの地域では馬を農業などに使う機会は減り、乗馬やスポーツを行うパートナーとして新たな役割を担っています。

車や電車などの交通機関や便利な機械がなかった時代、馬は経済動物として農業や移動手段のひとつとして大活躍していました。

現代におきましては、馬には新たな活躍の場があり私達と関わっています。例えば乗馬や馬術、トレッキングなどのスポーツのパートナーとして活躍しています。

他に障害者の機能回復などに役立つ「ホース・セラピー」があります。これは動物と触れ合うことで得られる癒し効果により、精神的な疾患の改善や治療を行うために取り入れられている方法のひとつです。

このホース・セラピーには実際に乗馬することも含まれており、人の筋肉をほどよく刺激することができるため、ダメージを負っている器官や筋肉の回復効果も期待されています。

このように人との関わりが深く、歴史の長い馬だからこそ得られるリラックス効果や機能回復効果が高く、有効な治療法として確立されつつあります。

馬はにおいに敏感で、においの強い植物や木の皮を食べません。

この性質に注目し、アヤメやシラカバなど景観保全のために馬を森林保護者として起用する研究を行っている学者もいます。科学が発展した現代おきまして、馬は新たな分野で人と関わることを期待されています。
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なんのためにつける?蹄鉄の役割

馬蹄・蹄鉄の意味と由来|幸運を呼ぶラッキーアイテム


https://kotobank.jp/word/%E8%B9%84%E9%89%84-100286
https://l-co-shop.jp/blogs/blog/magazine-motif

馬と日本人とのかかわり


https://equia.jp/trivia/post-6467.html
https://biome.co.jp/biome_blog_191/
https://www.nodai.ac.jp/web_journal/adventure/vol23.html
https://xn--pck1d9b158oimai14jyq3e.net/knowledge/history.html
https://www.agriworld.or.jp/agriworld1/umabunka/
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG270GD0X21C25A2000000/
https://www.iwakipumps.jp/blog/world/13/
https://www.touken-world.jp/tips/40362/
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20180615topics_sensitive_horse.pdf
https://www.elmeaure-toyota.com/

【疲れている人は、お馬さんに癒されよう】

五芒星

一筆書きで描ける星、五芒星の柄です。

互いに交差する5本の線分で構成され、五線星とも呼ばれます。
等しい5本の線分で描くと、中心に正五角形が現れ、黄金比を数多く含む美しい図形の代表格とされていますが、
あえてラフに描いてみました。

五芒星(ごぼうせい、英語:pentagram)とは、5つの角を持つ星型多角形のうち、互いに交差する長さの等しい5本の線分で構成され、中心に五角形が現れる図形である。ペンタグラム、五線星とも呼ばれ、幾何学上では星型五角形ともいう。
正五角形に内接し、対称的である。一筆書きが可能である。
古くから黄金比で構成されている図形は美しいとされており、単純ながらも黄金比を数多く含む五芒星は美しい図形の代表格とされた。

歴史的に確認されているもっとも古い五芒星の用法は、紀元前3000年頃のメソポタミアの書物である。シュメール人はこれをUB(ウブ)と呼んだ。さらに下向き五芒星を「角・小さな空間・穴」などの意味を表す絵文字とする。エジプトでは子宮を表させていたことから性的意味合いがあるとも言われている。バビロニアでは、図形の各側面に前後左右と上の各方向を割り当て、それぞれ木星・水星・火星・土星、そして上に地母神イシュタルの現れとされた金星を対応させた。五芒星に五惑星を対応させる考え方は、後のヨーロッパにも見受けられる。

また、火・水・風・土の四大元素に霊を加えた5つのエレメントにもそれぞれの頂点が対応させられ、それは現在でも魔法などのシンボリズムに使われている。

陰陽道と安倍晴明の桔梗印
五芒星は、陰陽道では魔除けの呪符として伝えられている。印にこめられたその意味は、陰陽道の基本概念となった陰陽五行説、木・火・土・金・水の5つの元素の働きの相克を表したものであり、五芒星はあらゆる魔除けの呪符として重宝された。

日本の平安時代の陰陽師、安倍晴明は五行の象徴として、五芒星の紋を用いた。「安倍晴明判(あべのせいめいばん)」や「晴明九字(せいめいくじ)」とも言い、キキョウの花を図案化した桔梗紋の変形として、「晴明桔梗(せいめいききょう)」とも言う。家紋として現在使用されているものの多くは、桔梗紋の清明桔梗と見られ、現在も晴明神社の神紋などに見ることができる(セーマンドーマンも参照)。

ーー
五芒星は古代から現代にかけて美徳、幸運、幸福の象徴として多くの文化圏で使われてきた。
イスラム文化圏では五芒星は「ソロモンの封印」という名で知られている。五つの頂点は、慈愛、真実、平和、自由、正義といった美徳を表していて、現在のモロッコの国旗にも用いられている。

五芒星の星の頂点を線分で繋ぐことで正五角形を描くことができ、その線分をさらに外に延長すると上下反転しているもう一つの五芒星を描くことができる。これは内側へ向けても無限に繰り返すことができる。

二つの底角のそれぞれが頂角の2倍になっている二等辺三角形は頂角が36度で、黄金三角形と呼ばれる。
五芒星の隣接している2本の辺とそのの向かい側にある五角形の辺は頂角36度の黄金三角形

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%8A%92%E6%98%9F
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784621308103

山葡萄唐草

山葡萄は「古事記」にも登場する、日本に古来から自生する野生のブドウです。

一般的なぶどう品種に比べて、種が大きく、粒は小さく1cm程度ですが、抗酸化物質ポリフェノールは約8倍、鉄分、カルシウム、カリウム、食物繊維は3~7倍、βカロチン、ビタミンEは10倍、疲労回復を助けるといわれるリンゴ酸等の有機酸も豊富に含み、昔から人間にも動物にも愛されてきたパワーフードです。

そんな山葡萄を使用したワインは、深く濃い赤紫の色味とシャープな酸味、タンニンもしっかりとした濃い味わいのものが多く、濃厚な肉料理などに合わせると、絶妙なマッチングになるそうです。

そんな山葡萄を唐草仕立てにしてみました。山葡萄のワイン、飲んでみたいです。

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山葡萄(やまぶどう/ヤマブドウ)は、日本古来のパワーフード。そんな山葡萄から作られた「山葡萄ワイン」は、一般的なワインよりも栄養素が豊富と言われています。美容やアンチエイジングに敏感な女性から注目されている山葡萄ワインの特徴や味わいなどを紹介します。

皮が厚く可食部が少ないため、搾汁率が低く果汁は希少なものです。一粒の大きさは8mm~1cm、収穫時期は、9月中旬~下旬。秋空の下に輝く黒紫の粒はまるで山の宝石です。

この山葡萄で作られたワインは、高い酸味・濃厚な果実味・穏やかなタンニンを含み、
人間の健康に欠かせない栄養素が豊富に含まれています

山ぶどうは、古くは「古事記」にもその名前が記されている日本古来の在来種です。
山ぶどう(日本の山ぶどう)は当初は栽培目的のための品種ではなく、野山に自生する野生のぶどうでした。

日本がルーツと言われているもののほか、中央アジアより渡ってきたと思われるものなど、特に寒冷な地域、北海道から本州の山間部に多く自生しています。

山ぶどうはその栄養価の高い果実として、ツキノワグマやヒグマが自生している山ぶどうを食べて冬眠に入ると言われています。

山ぶどうは一般的なぶどう品種に比べて、種は大きいものの、粒が小さく一センチ程度と小ぶりなのが特徴です。
ですので、収穫されたぶどう一粒から僅かな果汁しか採れません。ぶどうは通常2年ほどで栽培開始から収穫となりますが、山ぶどうは実に3倍で、6年を要します。
しかも山ぶどうには雄雌があるため、自家受粉ができないことがあるため果実を実らせるにはとても苦労します。
そこで、山ぶどうの特徴を生かしつつ安定生産が可能で、日本の風土に合う上質なワイン専用種の開発を目指し、日本葡萄愛好会創始者の故・澤登晴雄氏(1916~2001年85歳没)によって「山ぶどう」交配品種が育成されました。

ぶどう自体が元々ポリフェノールが多く含まれる果実ですが、山ぶどうの濃い赤紫色は、抗酸化物質ポリフェノールが通常のぶどうの約8倍含まれていると言われています。中でも強い抗酸化力でアンチエイジング効果を期待できるプロシアニジン量が多く、活性酸素の生成を抑え血液をサラサラにし、血圧をさげるとも言われています。
さらに通常のぶどうに比べ鉄分、カルシウム、カリウム、食物繊維は3~7倍、βカロチン、ビタミンEは10倍、疲労回復を助けるといわれるリンゴ酸等の有機酸を豊富に含みます。人間の健康に欠かせない栄養素が豊富に含まれています

山葡萄ワインはその高い酸味・濃厚な果実味・穏やかなタンニンによって、さまざまな料理と絶妙に調和します。ワインが料理の味を引き立て、料理がワインの個性を際立たせる「美味しい化学反応」を楽しみましょう!

https://tanoshiiosake.jp/5270
https://www.yamabudou.co.jp/grape/
https://kosaka-7falls-winery.com/charm_of_yamabudou/
https://shop.sweetsvillage.com/blogs/knowledge/grape-48

山葡萄(やまぶどう)


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A6
https://sakohonten.co.jp/about_yamanokibudo.html

塩むすび

塩むすびの柄です。
おむすびの三角の形状は、神が宿るとされる山のカタチを真似しており、それを食することで健康を保とうとしたといわれます。
美味しい塩で作った塩むすびはシンプルにして至高の味です。

ーおにぎりとおむすびの違い
ご飯を握って作る「握り飯」という呼び方もあります。いずれも一般的に使われる言葉なのに、なぜ異なる呼び方をするのでしょうか。

おむすびの語源のひとつには、日本の歴史書「古事記」に登場する農業の神様「神産巣日神(かみむすびのかみ)」に由来するという説があります。神産巣日神が稲に宿ると信じられていたことから、「おむすび」という名前がついたといわれます。ちなみに、産巣日(むすび)の産巣(むす)には生み出すという意味があり、息子や娘という言葉もこの産巣(むす)が語源になっています。

一方、古事記などに「握飯(にぎりいい)」という言葉が記されていることから、おにぎりの語源はご飯を握る動作からきているという説があります。また、「鬼を切る」という言葉に響きが似ていることから魔除けの効果があると考えられていたようで、鬼退治に握り飯を投げつけるといった民話もあります。

神様に由来すると考えられていた「おむすび」は、お供え物として用いられました。三角の形状は、神が宿るとされる山のカタチを真似しており、それを口にすることで健康を保とうとしたといわれます。実際に、鋭い三角形をした日本最古のおむすびの化石が、石川県で見つかっています。こうしたことから、三角形に握られているものを「おむすび」の定義とする説がある一方で、「おにぎり」には特に定められたカタチはないようです。

また、形状は地域によっても異なり、関東では三角形、関西では俵型がポピュラーだともいわれます。関西で俵型が多いのは、味付け海苔を巻くことが多く、海苔が巻きやすいという理由によるようです。

-結(ゆい):村内近隣で組をつくり、労働力を交換するならわし。また、その労働力となる人。

日本には、稲作農業が始まった古代から、米を中心とする社会ができました。米栽培の共同労働、農村共同体、水の管理から生まれた結(ゆい)という共同体などが、日本の社会の基礎ともなっています。米は日本人の心の支えとなり、さらに支配する力を持つものにもなっていきました。

-お米が私たちの主食になったのは、第2次世界大戦以降

お米が私たちの主食になったのは、第2次世界大戦以降で、歴史としては短いのです。それ以前は、麦・ひえ・あわなどの雑穀(ざっこく)に、お米2~3割を混ぜたご飯を食べていました。他には、そば・いも・とうもろこし・大根・豆類などが、主な食糧となっていたのです。

-お米は保存性が高い

お米は長期保存がききます。-20℃なら数百年もつといわれています。屋根裏から200年前の籾が出てきたこともあるそうです。
低温で貯蔵すると味が落ちることもなく、低温倉庫では15℃以下で保管しています。
家庭の米びつでは、鷹の爪(赤トウガラシ)を布袋に入れてお米と一緒に入れておくと虫も発生しません。

-陸稲栽培

陸稲(りくとう・おかぼ)は、畑で栽培されるイネの一種で、水田を必要とせず乾燥した土地でも育つように適応した品種です。水稲と比べて乾燥に強く、主に水資源が限られる地域や山間部で栽培されています。
陸稲は収穫量や味が水稲より劣ることがありますが、水田を作る必要がないため、育成が容易です。
陸稲は畑での栽培に特化しており、水管理は自然降雨に頼る場合が多い傾向があります。

陸稲は、植物分類上では水稲と同じで、水に対する適応性から、水稲との分化が進んだと考えられています。
●長年にわたって畑栽培されてきたことで、耐干性、いもち病抵抗性、直播適応性など、水稲にはない栽培上の優れた形質を持っています。
●これらの形質は、水稲品種の育成にも役立てられ、在来品種の「戦捷」は、いもち病圃場抵抗性育種に貢献しました。
畑作物としての陸稲は、野菜等の連作障害を防止する効果が大きく、稲わらは有機物源として利用できます。
陸稲の欠点は、乾燥に弱いこと、雑草がはえないようにするのが大変なこと、何年も同じ畑で米作りをしていると、病気が出やすくなり収量が減ったりすることなどがあげられます。

ー塩の色
塩の本当の色は白ではなく無色透明で、白く見えるのは光を乱反射しているためです。

岩塩には、真っ白いものからピンク色のピンクソルト、黒色のブラックソルト、透明のクリスタルソルトなどさまざまな色のバリエーションがあり、色によって風味も異なります。

ピンク色の岩塩には銅や鉄の成分が含まれていて、黒い岩塩には硫黄成分が含まれています。料理の味にも影響するので、岩塩を選ぶ際には色や成分にも注目しましょう。

黒い塩
ハワイアンブラックソルトはハワイなどで見られる塩で、その名のとおり真っ黒です。黒いのは、活性炭が混ざっているためで、デトックス効果があると言われています。ヒマラヤ岩塩にも赤黒い色のものがあります。

褐色の塩
日本の自然食品の店などで見るベージュのような褐色の塩は、身体によさそうなイメージですね。褐色の海藻や、鉄鍋などの色がうつって褐色になります。

灰色の塩
フランス・ブルターニュ半島のゲランド一帯でとれる塩は、ミネラルを含んだ粘土質の池底の影響で、質感がしっとりとして灰色です。

ピンクの塩
レストランなどでたまに出てくる美しいピンクの塩。たいていはヒマラヤ岩塩です。鉄分の含有量で、色の濃さが決まります。

【海水】
海水を原料にした塩。海水から塩にする工程により違いがあります。

天然塩(自然塩・天日塩)
海水を天日や煮詰めなど昔ながらの方法でつくられた塩は、産地によって味も様々。自然の栄養素やミネラルが豊富なため、旨みやコク、甘みを感じられるまろやまな味わいの塩になります。
食品表示には、工程『天日』『平釜』『逆浸透膜』などと書かれています。
精製塩(食塩)
海水を電気分解(化学反応)して塩化ナトリウムを99%以上に精製した塩。大量生産ができ安価なため外食産業や加工食品に広く使われています。
食品表示には、工程『イオン膜』『イオン交換膜』『立釜』などとあります。
「精製塩」は不純物を取る過程でミネラルも取り除いてしまいます。食塩相当量の高い精製塩は控えたほうがいいでしょう。「天然塩」に多く含まれるミネラルは塩化ナトリウムの吸収を穏やかにしてくれるため、むしろ適度に摂ったほうが良い塩といわれます。

【岩塩】
原料が岩塩。むかし海だった場所が隆起などで海水が閉じ込められ、何らかの形で塩の成分が結晶化したもの。 地中の有機物も入り込むため様々な色や味がありますが、硬く結晶化した岩塩はほぼナトリウムのため、実はミネラルが少ない塩です。食品表示に食塩相当量90%以上とあればミネラルは10%程度でしょう。世界の塩の生産量の約3分の2が採掘された岩塩。日本では岩塩は採れません。

【湖塩】
原料が湖塩。イスラエルの死海やボリビアのウユニ湖など、かつて海だった場所の水が蒸発し、塩分濃度が高くなったところ(塩湖)で採掘、製造された塩です。日本ではあまり流通していません。

– 海水塩は魚介類と、岩塩は肉料理と相性がよい

– 本当においしい「塩むすび(おにぎり)」

米はやさしくとぐ、2時間浸水、とにかく早炊き、手塩水をたっぷりと、強く握らずカタチを整えるくらいで……。たくさんのポイントやコツを分かりやすく解説。お気に入りの塩やのりの紹介もあるのでお見逃しなく!

ー稲はなぜ黄金色に輝くのか?

稲の葉には、光合成で作られた、お米に栄養を渡す物質があり、役割を終えると抜けて黄色くなるそう。加えて稲にはざらざらとしたガラス質の物質が付着しており、それが輝くことで黄金色に見えるという。

出穂(しゅっすい)後は、稲の葉や茎は全力で籾に栄養分を送り込みます。籾が登熟して栄養分の溜め込みを完了すると、使命を果たして枯れ、美しい黄金色になります。しかし、稲の葉や茎が、寒さや病害虫などが原因で枯れた場合は、赤みを帯びています。

稲には、プラント・オパール(植物珪酸体)と呼ばれるガラス質細胞が存在し、それが、日の光を受けると輝くと言われています。

ー「活き青」って何?-玄米に混ざっている緑色のお米、青米とは

玄米でご購入される方は、ご購入した玄米に少し緑っぽいお米が入っているのを目にしたことがあると思います。
これは、通称「青米」と呼ばれ、収穫のタイミングによって緑色になるお米です。
青米というと、イコール未成熟、ダメなお米だと思われがちでありますが
この青米は「活き青」とも呼ばれており、栄養、香り、味共に素晴らしい要素を持っており、多少入っている方が美味しいと言われています。

紀元後3世紀には卑弥呼(ひみこ)を女王とする倭国(わこく)、すなわち邪馬台国(やまたいこく)が誕生しています。このころ、稲作栽培の農業社会もほぼ完成されていたと考えられます。日本には、稲作農業が始まった古代から、米を中心とする社会ができました。米栽培の共同労働、農村共同体、水の管理から生まれた結(ゆい)という共同体などが、日本の社会の基礎ともなっています。米は日本人の心の支えとなり、さらに支配する力を持つものにもなっていきました。
また、米は他のどの栽培植物よりも高収量だったので、米を持つものは富(とみ)と権力をとても早く持てたのです。後には、米の大量生産により、社会的にますます持つ者と持たない者の差が開き、その間の戦いが起きていきました。米の争奮戦は、そのまま日本の歴史となり、農地(領土)のうばい合いを繰り返す時代が続いたのです。このように、米は生活と経済の基本でした。武士が天下を支配できたのは、武力と政策により米をつくる土地と耕作者を囲い込めたからです。しかし、江戸時代になると幕府米や藩米を大量に換金する必要性からこれらを扱う米商人があらわれ、米相場を決めて日本経済を支配したのです。以後、日本の文化は町人文化にうつっていきました。

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https://cocreco.kodansha.co.jp/cocreco/general/education/2a42W
https://www.kamedaseika.co.jp/cs/knowledge/knowledgeRice/okomeHistory.html
https://www.kubota.co.jp/kubotatanbo/history/
https://www.kubota.co.jp/kubotatanbo/rice/harvest/reaping.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E7%A8%B2
https://www.jeinou.com/benri/rice/2008/08/130918.html

乾田直播とは?水稲直播の違いやメリット・デメリットを紹介!失敗事例や今後の動き・読み方も解説


https://agri.mynavi.jp/2019_04_08_66317/
https://www.sirogohan.com/recipe/siomusubi/

https://kiseki-salt.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=1987224&sort=p
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/select/quality/color.html
https://oceans-nadia.com/cooking_basics/8
https://www.tokyosalt.co.jp/pages/92

「活き青」って何?-玄米に混ざっている緑色のお米、青米とは


https://risonare.com/nasu/journal/rice-06/

コスモス

日本の秋の花といえば、秋桜(コスモス)。
宇宙と同じ語源を持つコスモスの花の、可憐にきらきら輝く感じを柄にしてみました。

ー秋の桜。

コスモス。
本来は日が短くなると花芽をつける短日植物なので、かつては夏にタネをまき、秋に花を楽しむものでした。和名の秋桜は、その開花期にぴったりの名前です。
実は、「秋桜」を「コスモス」と読むようになったのは、さだまさしさんが作詞作曲し、山口百恵さんが歌ってヒットした歌『秋桜(コスモス)』からだといわれています。
俳句では「秋桜」は「あきざくら」と読みます。「秋桜」も「コスモス」も秋の季語になっていますが、「秋桜」と書いて「コスモス」とルビを振ることなどは、俳句では望ましくないということです。

ーか弱そうだけど強い外来品種

和名では「秋桜」と記されるる通り、日本の秋の風物詩となっている、可憐で鮮やかな花、コスモスは、実は外来品種。
メキシコ原産の花で、明治時代には種が持ち込まれたとされています。
性質はいたって丈夫で、日当たりと風通しがよい場所であれば、あまり土質を選ばずに育ちます。

-宇宙と同じ秩序?

”コスモス(cosmos)”の語源は、ギリシャ語の「秩序」「飾り」「美しい」という意味の「Kosmos, Cosmos」の言葉に由来しています。   
このことから、星がきれいにそろう宇宙のことをcosmosと呼び、また、花びらが整然と並ぶこの花も cosmosと呼ばれるようになったといわれています。

「花びら」と呼んでいるものは、8枚で、それぞれ、5枚の花びらがくっついて1枚になったため、4つのギザギザの切れ込みがあります。1枚1枚が「舌状花」という花であり、それらに囲まれて、中央部に多くの「筒状花」が存在します。 それぞれの筒状花は、開花する前には五角形ですが、開花すると、きらきらと輝くような星型になります。それを観察していると、この植物が「宇宙」を意味する「コスモス」と名づけられた所以が感じられます。

-実は外来品種
現地では標高1600mの高原で自生するほど強い花です。
葉は線のように細いが、台風などで倒されても
 茎の途中から根を出し、
 また立ち上がって花をつける
 というほど強い。
 (見た目とは、
  だいぶ違うようです)
熱帯アメリカ原産[2]。1789年、メキシコからスペインのマドリード王立植物園に送られ、1791年にアントニオ・ホセ・カヴァニレスによってCosmosと名づけられた[6]。日本には1879年(明治12年)に渡来した。これは美術学校の教師ラグザーがイタリアから持ち込んだものである[7]。秋の季語としても用いられる。

-かつては定番はピンク

-かつては短日植物でした。

-宇宙と同じ秩序?

-か弱そうだけど強い
キク科コスモス属

-エディブルフラワー

-キク科コスモス属
コスモス(学名:Cosmos)は、キク科コスモス属の総称。また、種としてのオオハルシャギク Cosmos bipinnatus Cav. [2][3]を指す場合もある。アキザクラ(秋桜)とも言う。
コスモスの仲間はメキシコを中心に約20の野生種が知られています。その中でもコスモス・ビピンナツス〔Cosmos bipinnatus〕とその園芸品種を指して「コスモス」と呼ぶのが一般的です(以下、本種をコスモスと呼びます)。

コスモスの花は、ピンクや白に加えて濃赤、黄やオレンジ色、複色が登場し、年々カラフルになっています。性質はいたって丈夫で、日当たりと風通しがよい場所であれば、あまり土質を選ばずに育ちます。
日本の秋の風物詩となっているコスモスは、コスモス・ビピンナツス(Cosmos bipinnatus)という種類です。メキシコの標高1600m以上の地域に自生し、日本と同様に、秋になると道路わきや休耕地で、ピンクやまれに白い花を咲かせて群生するのが見られます。
このコスモス・ビピンナツスは、日が短くなると花芽をつける短日植物なので、かつては夏にタネをまき、秋に花を楽しむものでした。和名の秋桜は、その開花期にぴったりの名前です。しかし、近年は、それほど日の長さに影響されずに開花する早生品種が主流になり、春にタネをまいて夏から開花を楽しむケースがふえています。ただし、秋にならないと開花しない晩生品種を早い時期にタネまきすると、開花する秋までに草丈が高くなりすぎるので、8月に入ってからまきましょう。早生品種もまく時期が遅ければ遅いほど、低い草丈で楽しめます。

”コスモス(cosmos)”の語源は、
 ギリシャ語の
 「秩序」「飾り」「美しい」
 という意味の  
 「Kosmos, Cosmos」の言葉に
 由来する。   
 このことから、
 星がきれいにそろう宇宙のことを
 cosmosと呼び、
 また、花びらが
 整然と並ぶこの花も
 cosmosと呼ばれるようになった。

・葉は線のように細いが、
 台風などで倒されても
 茎の途中から根を出し、
 また立ち上がって花をつける
 というほど強い。
 (見た目とは、
  だいぶ違うようです)

名前の由来や歴史
コスモスの語源は、宇宙を意味する「コスモス(cosmos)」と同じといわれています。漢字の「秋桜」という表記は、サクラに似た可愛い花をつけることから来たと考えられています。

日本にコスモスが伝わってきた正確な経緯ははっきりとしていないものの、明治時代には種が持ち込まれたとされています。一説では、原産地のメキシコからヨーロッパに持ち込まれたのち、日本へ伝わったといわれています。

現在は日本全国で見ることができ、秋になるとコスモスの花が一面に咲く名所も少なくありません。

食用可能なコスモス
観賞用の花として広く知られるコスモスですが、食用可能なエディブルフラワーでもあります。サラダの彩りとして花びらを散らしたり、ゼリーやジュースなどに入れたりして味わうこともあるようです。

コスモスはキク科コスモス属の植物で、原産地はメキシコです。日本には、明治時代に渡来しました。その後、日本の庭や花壇で栽培され、切り花や生け花、フラワーデザインに用いられ、“秋の花”として、私たちの身近なものになってきました。そのため、属名に由来する「コスモス」というラテン語で呼ばれつつ、いつの間にか、「秋桜」という漢字名で書かれるようになりました。

この植物の学名は、「コスモス ビピナツス(Cosmos bipinnatus)」であり、「コスモス」は、コスモス属を示し、ギリシャ語では、「秩序」や「調和」を意味する語です。「ビピナツス」は、この植物の葉の形に由来します。

コスモスは、「秋桜」と書かれますが、花びらの枚数は、サクラが5枚に対し、この植物は8枚です。1枚に見える花びらの先端には、ギザギザの切れ込みがあります。これは、起源的には、5枚の花びらがくっついて1枚になっているので、理屈の上では、もとの花びらの境目が4つの切れ込みになっているのです。 といっても、コスモスはキク科の植物なので、6月のマトリカリア(ナツシロギク)で紹介したように、花は「舌状花」と「筒状花(菅状花)」が集まっている「頭状花」です。そのため、「花びら」と呼んでいるものは、一枚一枚が「舌状花」という花であり、それらに囲まれて、中央部に多くの「筒状花」が存在します。 それぞれの筒状花は、開花する前には五角形ですが、開花すると、きらきらと輝くような星型になります。それを観察していると、真偽は定かではありませんが、この植物が「宇宙」を意味する「コスモス」と名づけられた所以が感じられます。

よく似た植物に、キバナコスモスがあります。これは、コスモスと同じメキシコを原産地とし、コスモスと比べて、筒状花が盛り上がり気味に咲き、葉の形が少し太めの印象で、背丈は低めです。 現在では、コスモスも、黄色花を咲かせるものがつくられていますが、それまでは、黄色の花を咲かせるコスモスはなかったといわれます。キバナコスモスは、学名では「コスモス スルフレウス(Cosmos sulphureus)」といわれ、植物種としては、コスモスと別のものです。「スルフレウス」は、花の濃い黄色を意味する語といわれます。 (text:TANAKA Osamu)

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https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-325
https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80980.html
https://www.hana300.com/cosmos.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%82%B9

【コスモスの育て方】種まきから約3ヵ月で開花!秋に向けてコスモスを育ててみましょう

コスモス|花の時期や特徴、色と種類を紹介

コスモス

コスモス


https://yasashi.info/ko_00002.htm
https://weathernews.jp/s/topics/202309/190115/
https://shop.takii.co.jp/simages/shop/column/garden/160606.html

波唐草

海が青いのは、青が他の色と比べて拡散されやすいため。
波がおきるのは、風が吹くから。
海が青いのに波が白いのは、空気の泡だから。

波を唐草仕立てにしてみました。
海水温が上がっているとはいえ、
波を見ると涼し気な感じがします。

ー海はどうして青くみえるのか

海が青く見える理由は、主に光の吸収と散乱に関連しています。
太陽光は全ての色の光を含んでおり、それぞれの色には異なる波長があります。
海水は赤から紫までの波長を異なる程度で吸収しますが、青色の波長が最も散乱され、強調されるため、海は青色に見えます。
海の深さが増すと、青色も吸収され、緑色や青緑色に変化することもあります。

ー波はどうしておきるのか

波が起こる理由は、主に風の力に関連しています。
風がふきはじめると、小さくてこまかい「さざ波」が立ちはじめます。
風がさらに強まると、大きく高い「風浪(ふうろう)」、さらに波の先の方がくだけて白くなる「白波(しらなみ)」となります。
風がおさまると、波も小さくなりゆるやかな丘のような「うねり」となって、海面をゆっくりと動いて遠くまで広がっていきます。
波は海岸に打ちよせる「磯波(いそなみ)」となってくずれてなくなります。

ー波はどうして白いのか

波が白くみえる理由は、主に光の乱反射に関連しています。
波は、海の水が上から落ちて空気を巻き込み、泡となったときに白く見えます。
泡とは、液体の膜で覆われた空気の集まりです。
光は泡の表面と内部で反射を繰り返しますが、この乱反射が均一おこるほど、人の目には白く見えます。

ーーー

太陽光はさまざまな波長の光で構成されており、その中でも青色の光は水中で特に散乱しやすい特性を持っています。
この現象はレイリー散乱として知られており、空が青く見える理由と同様のメカニズムです。

水分子は太陽光の赤色や黄色の波長を効率的に吸収します。
一方で、青色の波長はあまり吸収されずに散乱されるため、水面に反射して目に入る光は青色が強調されます。
この吸収特性は、純粋な水でも自然に青みを帯びる原因となります。

レイリー散乱は、光が小さな粒子や分子によって散乱される現象です。
海水中の水分子は、このレイリー散乱を引き起こし、青色の光が他の色よりも多く散乱されます。
その結果、私たちの目には海が青く見えるのです。

ー日本の研究機関による最新の科学研究
日本のさまざまな研究機関では、海の青色に関する詳細な研究が行われています。
これらの研究は、海水の化学組成や気象条件が青色の見え方にどのような影響を与えるかを解明することを目的としています。
例えば、国立海洋研究開発機構(JAMSTEC)では、海水中の微量元素の役割についての研究が進められています。

沖縄地方  浅海域が多い 鮮やかなターコイズブルー
北海道沿岸 深海域が広がる 濃い青色から紺色

ー海の波が白い理由は3つ!キミが心の底からわかるまで解説するよ
・波の白い部分は空気の泡だから
波が泡立っていない状態では海の水は白くはみえません。

たしかに海の水をバケツに入れてしばらく置いたところで白くはみえません。

波が白くみえるのは海の水が波として上から落ちて巻き込んだときに空気が入り、それが泡になったときだけ。

海水に空気が混ざって泡になっているからこそ白くみえるんですね。
・せっけんの泡が白いのと同じ原理
日本海の青黒い海から南のエメラルドグリーンの海まで、ひとくちに『海』といってもいろんな色がありますよね。

なのに波はどんな海でも白くみえます。

これはせっけん自体がどんな色でも泡は白くみえるのと同じことなんですね。

「たしかにせっけんの泡って白い!」

でもそれがなぜなのかは説明しづらいと思います。

なのでつぎのところでは空気を含んだ泡がなぜ白くみえるのか解説します。
・泡が白く見えるのは光の乱反射のため
乱反射とは光がいろんな方向に反射することをいいます。

この乱反射している光は圧倒的に白色なんですね。

なので海の泡が乱反射している限り、その波の色は白くみえるということになります。

逆に夜など光がいろんな方向に散ることができない状態で海の波に赤や青のライトを当てれば波も赤や青にみえるというわけです。

乱反射ができない状態では海の波も白くはみえないということになりますね。

ー砕波
風浪が発達すると波長も波高も増大しますが、波高の増加率の方が大きいため、波の形状は次第に急峻になります。また、沖合から浅海域に進入した波も浅水変形により波高が増大する一方で波長は短くなるために急峻な波形となります。急峻な波形が限界を超えると、前方に飛び出すように崩れ落ちて白波が発生します。この現象を砕波と呼びます。
 風が強い場合には、波の頂上部が波速を超える速度で吹き飛ばされることにより、強制的に砕波が起こることもあります。
 また、浅水変形等の浅海効果で砕波が起こる場合、これを磯波と呼ぶことがあります。磯波発生時の水深や波高は波の元々の周期や海底の勾配によって変化しますが、砕波した時の波高が沖合での波高の2倍以上になる場合もあります。

ー波の種類
波についてもう少し深掘りしてみましょう。そもそも波には「風浪」と「うねり」の2種類があります。

「うねり」は聞き慣れた言葉かもしれませんが、「風浪」というのは一般的にはちょっと聞きなれない言葉かと思います。

「風浪」
そこで、まずは風浪という言葉から解説していきたいのですが、風浪というのは主に風の力で海面が揺れ動いて発生した「波」のことを指します。細かく規則的に訪れるところが特徴といえます。

風の強さ(風速)によって波の高さが決まるので、ある程度大きさも予想がしやすく、風が強い日に起こる「白波」はまさしくこの風浪の代表例でしょう。

「うねり」
ある場所で風浪が発生し、段々とそのポイントから波自体が離れていくとほかの波と一緒になっていきます。こうして波と波同士が混ざり合い、また違う波として海面を移動することを「うねり」といいます。

風浪が、発生した場所から近距離のみであることに対して、うねりは数百キロ離れた海域まで伝播されていきます。

普段、私たちが海で見ている波というのは、この風浪とうねりが合わさったものとなりますが、その区別を明確に付けることは非常に難しいとされています。

遠くの海上で台風などが発生して、力の強い風浪がいくつも重なりあった結果、うねりとして日本の海岸にやってくることがありますが、その代表的な例が「土用波」です。

うねりによる波というのは、頂点が丸みを帯びていてさらに波長が長いものといわれています。

また、風浪がある程度一定のリズムで訪れるのに対して、うねりによる波はやや規則性に欠ける部分があり、磯釣りをしている時に急に大きな波が来たりするのがまさしく「うねり」です。

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https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/wave/comment/elmknwl.html
https://www.kaijipr.or.jp/mamejiten/shizen/shizen_13.html

海の色はなぜ青い?透明な水が青く見える理由を科学的に解説

https://oyakitabeyo.com/ocean-waves-white-why/
https://tsurinews.jp/199938/

茗荷立涌

茗荷(ミョウガ)。料理に独特の香りと食感を添えてくれる、日本原産の香味野菜。
みょうがを薬味として加えると、さわやかで高級感のある大人の味になり、特に夏に食べたくなる大好きな食材です。

ー花みょうが、みょうがのこ

一般的にみょうがとして食べられているのは、花が咲く前の蕾です。「花みょうが」「みょうがのこ」とも呼ばれ、いずれも夏の季語となっています。
食材としての主な旬は、夏に出回る小型の「夏みょうが」が6~8月、秋に出回る大きめの「秋みょうが」が8~10月。
花が咲いた後も食べることはできますが、柔らかくなって風味や食感が落ちてしまいます。
一つの蕾の中には複数の花の芽があり、蕾が開くと次々に伸びてきて、真っ白くてはかなげな花を咲かせます。
花が出てしまった「花つきみょうが」は、料理のあしらいとして使ったり、観賞用として楽しめそうです。

ー日本ならではの山菜・ハーブです

みょうがは日本を含むアジア東部を原産とする香味野菜。3世紀末に書かれた「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」にもその名が見られるなど、古くから全国に自生しています。
英語名は、和名そのままにMyogaとよばれるほか、Japanese Gingerとも呼ばれ、食用で栽培されているのは日本だけとされています。

みょうがはショウガ科ショウガ属の宿根性の多年草で、冬を越したみょうがの根から、細いたけのこのようにツンツンと尖った芽が伸びてきます。この若芽は「みょうがたけ」とよばれ、汁物や酢の物などにして食べられています。
みょうがの風味とシャキシャキした食感があり、希少な山菜として人気です。

みょうがのツンツンした感じと、キリリとした味わいを、立涌仕立ての柄にしました。

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https://www.yomeishu.co.jp/health/4259/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%AC
https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-1135
https://kotobank.jp/word/%E3%81%BF%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%8C-3172468
https://greensnap.jp/article/1575

花みょうがとみょうがの知られざる違い


https://sakata-tsushin.com/yomimono/tokushu/detail_832/
https://mamatocolab.com/myougatake/
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f3363482d5089c52571461232b9b5f2d3ec0e4c6