イロハモミジ

葉に深い切れ込みがあり、真っ赤に紅葉するイロハモミジをイメージした柄です。

・紅葉(コウヨウ)

紅葉を「コウヨウ」と読むとき、落葉広葉樹の葉が緑色から赤色・黄色・褐色へと変色する自然現象を連想します。
厳密に、
・紅葉(コウヨウ): 赤色に変わること。葉の中で「アントシアニン」という赤い色素が新しく作られます。
・黄葉(オウヨウ / コウヨウ): 黄色に変わること(イチョウなど)。葉の中の「カロテノイド」という黄色の色素が表面に現れます。
・褐葉(カツヨウ): 褐色に変わること(ブナなど)。葉の中に褐色の物質がたまります。
と呼び分けることも可能です。

・紅葉(モミジ)

紅葉を「モミジ」と読むと、「コウヨウ」の中でも紅色が美しいカエデの仲間を連想します。
イロハモミジ、オオモミジ、ヤマモミジがよく知られていますが、中でも鮮やかな赤に紅葉するのが「イロハモミジ」。

・イロハモミジの名前の由来

イロハモミジの葉は7つに分かれています。数の数え方が「いろは順」だった昔、モミジの葉を使って子供たちが「イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト」~と、モミジの葉で数えて遊んでいたことから、イロハモミジの名が付いた説があります。

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落葉樹

落葉樹とは,葉の寿命が1年以内で,通常冬にすべての葉を落として休眠状態に入る時期をもつ樹木です。熱帯〜亜熱帯では乾季に落葉するものもあります。落葉樹の大半は広葉樹ですが,カラマツ,セコイアのような針葉樹の一部も含まれます。

落葉樹が広がる森林(ブナ林など)は、高い保水力と洪水・渇水を防ぐ「水源涵養(かんよう)機能」を持っていることから、「緑のダム(天然のダム)」とたとえられます。
ブナは、日本の冷温帯の森林を代表するブナ科ブナ属の落葉広葉樹(落葉高木)

紅葉

紅葉(こうよう・もみじ)とは、秋にカエデやイチョウなどの落葉広葉樹の葉が、緑色から赤・黄色・褐色へと変色する自然現象、またはその色づいた葉のことです。日本では9月に北海道の大雪山から始まり、約1か月かけて南下します。

色が変わる仕組み

• 赤色(もみじなど):葉の中で「アントシアニン」という赤い色素が新しく作られます。
• 黄色(イチョウなど):もともとあった「カロテノイド」という黄色の色素が表面に現れます。
• 褐色(ブナなど):葉の中に褐色の物質がたまります。

美しい紅葉の条件

• 最低気温が8℃以下になり、5℃以下になると色づきが加速します。
• 昼夜の気温差が大きいことや、十分な日光、適度な水分が必要です。

2026年の主な見頃時期(目安)

• 北海道・東北:9月中旬〜11月中旬
• 関東・中部:9月下旬〜12月上旬
• 近畿・中国・四国:10月中旬〜12月上旬
• 九州:10月下旬〜12月上旬

モミジが紅葉する色の違い・品種の違い
モミジが紅葉する葉の色は、品種によって異なります。山に自生しているヤマモミジやオオモミジの葉は黄みが交じった赤色で、真っ赤な紅葉を楽しめるのはイロハモミジです。

モミジと名が付く代表的な品種は、3つがよく知られています。
・イロハモミジ
・ヤマモミジ
・オオモミジ
幻想的な赤に紅葉するイロハモミジ
真っ赤に紅葉するイロハモミジは、街路樹や公園、和風庭園、お寺、神社など身近なところで植えられます。

似ている、モミジ(紅葉)とカエデ(楓)
モミジとカエデは、どちらもカエデ属ですが、現在のAPG分類体系ではムクロジ科に含められています。

植物的には、モミジ(紅葉)とカエデ(楓)は、同じムクロジ科(旧カエデ科)のカエデ属に分類されていますが、カエデ属の中でも特に葉の色づきが変化(染色)するものを「モミジ」と呼ばれます。

葉の形状
一般的には、葉の切れ込みが深く手の平のようなものを『もみじ』といい、葉の切れ込みが浅いものを『カエデ』と呼ばれています。
(左:もみじ)(右:カエデ)

葉に深い切れ込みがあり、真っ赤に紅葉するイロハモミジの葉
モミジは主に、イロハモミジ、オオモミジ、ヤマモミジがよく知られています。モミジの中でも「イロハモミジ」は紅葉がとても綺麗で鮮やかな赤に染まります。

イロハモミジの名前 由来
イロハモミジの葉は7つに分かれています。数の数え方が「いろは順」だった昔、モミジの葉を使って子供たちが「イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト」~と、モミジの葉で数えて遊んでいたことから、イロハモミジの名が付いた説があります。
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E8%91%89
https://yamasaki-zoen.com/gardening/gardening-201211.html
https://www.shinrin-ringyou.com/topics/kaede.php

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緑のダム

森林の地面(林床)は、コケや草、長年にわたって積もった落葉・落枝などで覆われています。微生物や土壌動物がそれらを分解して栄養豊かな腐葉土層をつくり、土の中には根や生き物の通り道が無数にできてスポンジのような構造(孔隙:こうげき)になります。

このスポンジ状の土壌は、雨水をすばやく浸透させ、じょうずに保水します。だからこそ、雨の直後に下流の川が急に増水しにくく、日照りが続いても水が絶えにくいのです。森林は自然の「緑のダム」といわれるゆえんです。

※森林土壌は60%程度が孔隙であり、降水量の約35%を地下水として蓄えることができるといわれています(数値は目安です。地域・地質・植生によって大きく異なります)。

さらに、雨水が地中を通るあいだに、土壌がろ過・吸着して水を浄化します。岩石層を通過する過程でミネラル分も加わり、いわゆる「おいしい水」づくりにもつながります。こうして育まれた水は、川や海の生き物の環境を支え、漁業資源の基盤にもなっています。

森は雨をためるスポンジ?
雨がふると、水はすぐに川へ流れてしまうと思うかもしれません。でも、森の地面はちがいます。落ち葉や草、ふかふかの土が重なっていて、まるで大きなスポンジのようです。だから雨水はゆっくりと土の中にしみこんでいきます。

ゆっくりと川へ流れる
しみこんだ水は地下水になって、少しずつ川や海に流れ出します。このおかげで、大雨のときに川が急にあふれるのをふせいだり、雨がしばらくふらなくても川の水がなくならないようにしてくれます。

おいしい水をつくる森
水が土の中を通るあいだに、土や石が自然のフィルターのようになって、水をきれいにします。さらに、岩石の中を通るときにミネラルも加わって、のどごしのよい「おいしい水」になるのです。わたしたちが毎日飲んでいる水の多くは、じつは森が育ててくれた水なんですよ。

このはたらきを「水源かん養機能」といいます
森が水をため、きれいにして、ゆっくりと川へ流す力を、むずかしい言葉で「水源かん養機能(すいげんかんようきのう)」といいます。森があるからこそ、わたしたちは安全で安心して水を使うことができるのです。

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ブナの主な特徴
• 別名・姿: 樹皮がなめらかな灰白色で「山の王様」や「森の女王」とも呼ばれます。高さは最大30mに達します。
• 分布: 北海道から九州までの山地に自生する日本固有種に近い存在です。青森県と秋田県にまたがる白神山地の原生林は世界自然遺産に登録されています。
• 生態と役割: 豊かな保水力で「緑のダム」と呼ばれ、落葉が土壌と微生物を育み生態系を支えます。秋には「どんぐり(堅果)」がなり、動物たちの貴重な食糧になります。
• 利用: かつては水分が多く加工しにくかったため利用が少なかったですが、現在は木材乾燥技術の進歩により家具などに使われています。
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【落葉樹】
・夏日差しを遮り、冬適度に日光を通す
・四季の移り変わりを感じられる
・紅葉が美しいものがある
・樹形が美しいものが多い
・花が美しいものが多い
・落葉中の冬が剪定適期になるので、剪定時全体の枝ぶりを確認しやすい。

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落葉樹の森が「緑のダム」として優れている理由
1. 蒸発する水の量が少なく、地表に雨が届きやすい
常緑樹の森は一年中葉が密に茂っているため、降った雨が地表に落ちる前に葉に引っかかり、そのまま大気中へ蒸発(遮断蒸発)してしまいがちです。一方、落葉樹の森は冬場に葉を落とすため、雨や雪が効率よく地表(土壌)へと届き、蓄えられます。また、植物自身の吸水による水の消費も常緑樹より少ない傾向にあります。
2. 「ふかふかの土壌」がスポンジの役割を果たす
落葉樹は毎年秋になると大量の葉を落とします。この落ち葉や落ち枝が地表に堆積し、土壌生物によって分解されることで、有機質に富んだ「ふかふかの土(腐葉土の層)」が作られます。
この土壌には無数の小さな隙間(孔隙)があり、雨水をすばやく吸収して一時的に貯め込む、まるで巨大なスポンジのような役割を果たします。
3. ゆっくりと良質な水を川へ流し出す
土壌に染み込んだ雨水は、地下水となって時間をかけながら少しずつ河川へと流れ出します。
• 大雨のとき: 雨水が一気に川へ流れ込むのを防ぎ、洪水を緩和します。
• 日照りのとき: 蓄えた水を少しずつ流し続けるため、川の水枯れ(渇水)を防ぎます。
• 水質の浄化: 土壌を通ってろ過される過程で、窒素やリンなどの余分な物質が取り除かれ、ミネラルを含んだおいしい水になります。

常緑樹と落葉樹について


https://moriwaku.jp/learn/4150/
https://www.shinrin-ringyou.com/kinou/f04.php
https://www.globeride.co.jp/contents/report_of_genryu/column/084

舞茸

舞茸をイメージした柄です。

ヨーロッパには、歴史的・文化的に、キノコを愛する民族と、キノコを不気味なものとして嫌う民族がいます。
日本人は麹などの菌類や、松茸に代表されるキノコ狩り文化を古くから持っているため、キノコを愛する民族といえるでしょう。
舞茸の名前の由来には諸説ありますが、
昔から「幻のきのこ」と呼ばれるほど希少価値があり、見つけた人が舞い上がって喜ぶので「まいたけ(舞茸)」と名付けられたという説があります。
舞茸への愛を感じます。

きのこが日本の文献に初めて登場したのは「万葉集」です。江戸時代初期には、すでにしいたけ栽培が始まっていたそうです。
現在市場に出まわっているキノコは約15種類ほど。
その中でも、マイタケだけ形態が大きく異なります。
マイタケ以外の5種のきのこはすべて傘の裏面に「ヒダ」があり、ヒダで胞子がつくられますが、マイタケは傘裏に「ヒダ」がなく、代わりに「管孔」と呼ばれる穴が多数形成され、その内壁に胞子をつくります。

マイタケは日本各地をはじめ、北半球の全域やオーストラリアなどでもみることができ、様々な場所に広く分布しています。
晩夏から初秋にかけて最盛期となり、ミズナラやコナラなどの広葉樹の老木の根元に発生します。発生時期により早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)タイプに分けられます。
傘の上面は淡黒褐色から茶褐色を帯び、柄に向かって色が淡くなります。また、成長すると次第に退色していきます。

「まいたけ」の名前の由来には諸説あります。
【その1】 昔から「幻のきのこ」と呼ばれるほど希少価値があり、見つけた人が舞い上がって喜ぶので「まいたけ(舞茸)」と名付けられた。
【その2】 その形が蝶が舞う姿に似ているところから名付けられた。という説があります。

まいたけ(舞茸)はサルノコシカケ科マイタケ属というキノコの一種です。香りが良く、歯切れが良いので昔から絶品とされてきました。まいたけ(舞茸)という名前の由来には「かさが重なり合い、舞っているように見える」、「発見者が思わず舞い上がるほど喜んだ」、江戸時代はまいたけ(舞茸)を大名に献上すると、同じ重さの銀を褒美にもらえたほど希少価値があったという話もあります。

マイタケは日本でも昔から愛されてきたきのこの一つ。
ご存知の方も多いと思いますが漢字では「舞茸」と書き、名前の由来はずばり「山の中で見つけると、舞って踊りたくなるくらい美味しいきのこだから」というもの。
マイタケは日本各地をはじめ、北半球の全域やオーストラリアなどでもみることができ、様々な場所に広く分布しています。
晩夏から初秋にかけて最盛期となり、ミズナラやコナラなどの広葉樹の老木の根元に発生します。発生時期により早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)タイプに分けられます。
傘の上面は淡黒褐色から茶褐色を帯び、柄に向かって色が淡くなります。また、成長すると次第に退色していきます。

ちなみに、食卓に並ぶきのこといえば、エリンギ、マイタケ、ブナシメジ、シイタケ、ナメコ、エノキタケ、等、様々な種類がありますが、マイタケだけ形態が大きく異なります。

マイタケ以外の5種のきのこはすべて傘の裏面に「ヒダ」があり、ヒダで胞子がつくられますが、マイタケは傘裏に「ヒダ」がなく、代わりに「管孔」と呼ばれる穴が多数形成され、その内壁に胞子をつくります。

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きのこ豆知識

【きのこアルバム】マイタケ

ロシア人は「きのこ民族」?

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本項では、日本で「マッシュルーム」として流通することが多い ツクリタケ(Agaricus bisporus)について扱う。

マッシュルームとは

食用栽培種である担子菌門ハラタケ科のきのこのみを指す。本項で詳述する。

マッシュルームはヨーロッパから導入された食用栽培種である担子菌門ハラタケ科のAgaricus bisporus (J. Lange) Imbach(英: common mushroom, White mushroom、仏: champignon de Paris)のみを指している。和名はツクリタケ。日本国内での生産初期の商品名に由来するセイヨウマツタケという名称もよく用いられる。

世界中で栽培されており、栽培量も最も多い[2]。世界で最も多く食されるキノコと推測されている[3]。ホワイト種やブラウン種がある。

マッシュルームは生で食べられる唯一のキノコです。
切り口はすぐに変色しますが、レモン汁をかける事で防げます。今までは添え物として扱われることが多かったマッシュルームですが、今は料理の主役としての地位を得ました。

マッシュルームはビタミンB1・B2等、ビタミン群を多く含んおり、その他タンパク質、うまみ成分のグルタミン酸や必須アミノ酸が多いため、生でもおいしく食べられるほど、消化の良いキノコです。

今回のテーマは、「マッシュルーム」です。マッシュルームの起源は、古代ギリシャ・ローマ時代まで遡ります。もともと馬厩肥(バキュウヒ)などに自然発生していたものを利用していたといわれています。その後17世紀頃に、フランスで人工栽培が始まりました。欧米で広く普及していたマッシュルーム栽培が日本に伝わってきたのは、明治中期です。1964年東京オリンピックを境に、日本のマッシュルームは急速に発展を遂げます。当初は、保存のしやすさの面などから、輸入品の缶詰商品が主流でしたが、近年ではスペイン料理やイタリアンなどの飲食店の普及、スーパーマーケットでの取り扱い量の大幅な増加によりマッシュルームの需要と認知度は上昇しています。マッシュルームは世界で一番食べられているキノコです。日本での正式名称は作茸(ツクリタケ)。マッシュルームは、欧米で呼ばれる通称。本家フランスでは、シャンピニオン・ド・パリと呼ばれています。

 

 マッシュルームは低カロリー(15Kcal/100g)でありながら、ビタミンB群〔B2(皮膚粘膜の健康維持)・ナイアシン:ビタミンB3(皮膚粘膜 脳神経の健康維持)・パントテン酸(糖質をエネルギーにする働き 脂肪酸の合成)〕、ビタミンD(カルシウムとリンの吸収促進)、カリウム(高血圧の予防や改善)、亜鉛(体内の化学反応を助ける)、セレン(抗酸化作用による動脈硬化の予防など)、銅(赤血球の形成)そして食物繊維(便通を良くする)・βグルカン(コレステロールの吸収を抑え血糖値の上昇を緩やかにする)など多くの栄養素を含みます。また、マッシュルームの特徴的な効能に、消臭効果があります。消臭のメカニズムは、シャンピニオンエキスに含まれている、アミノ酸やポリフェノール(フラボノイド)が、腸管内で発生したアンモニアや硫化水素などの硫化物を中和し、βグルカンなどの多糖類がその成分を閉じ込めることによります。

マッシュルームは世界一食べられているキノコです。
一人当たりの年間消費量を比べると、日本と世界ではこんなに差があります!

日本は、全てのキノコを合わせた年間消費量が1人当たり3.7kg。
(参考:ニンジン5kg、玉ねぎ9kg 自社調べ)
マッシュルームだけだと60g!まだまだ日本ではマッシュルームが食べられていない事がお分かりいただけるかと思います。

シイタケ(椎茸[1]、香蕈[2]、学名:Lentinula edodes)は、ハラタケ目ツキヨタケ科に分類される中型から大型のキノコ。野生シイタケ(L.edodes s.l.)はアジアからパプアニューギニア、ニュージーランド、オーストラリアのタスマニア島にかけて分布しているが、地理的集団が認められ形態的に多様である[3]。一方、東アジアを中心に栽培される食用キノコでもあり、世界中で栽培されている[4]。生育環境や収穫時期の違いによって、冬菇(どんこ)、香信(こうしん)、香菇(こうこ)などの銘柄がある[4]。

干しシイタケはグアニル酸を主体とする旨み成分を有し、日本料理の出汁をとるのに用いられる乾燥素材としても知られる[5]。また中華料理では乾シイタケを戻して使用することが多く、中華圏では生シイタケよりも乾シイタケのほうが需要が高い[6]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%A0

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%B1

https://www.f-mush.com/trivia.php

=Column 医食同源 第12回= マッシュルーム Mushroom

とことんマッシュ

月齢縞

月の満ち欠けを柄にしました。

■地球から見る月は毎日、姿を変えます。

新月から満月へ:新月(見えない状態)から、三日月、上弦の月(半円)、そして満月。
満月から新月へ:満月から徐々にかけていき、下弦の月(半円)、有明月、そして新月。
この間、およそ29.5日。
この月の満ち欠けを利用して日を数える暦を太陰暦といいます。
日本では、明治まで使われていた暦もこの太陰暦をベースにしていて、
大の月=30日と小の月=29日があり、
数年に一度(19年に7回)、一年が13ヵ月の年(うるう年)がありました。

■地球から見る月は毎日、同じ時刻でも位置を変えます。

月は毎日、前日よりも約50分遅れて東から昇ってきます。
同じ時刻に観察すると、月は前日よりも東側に約12度ずれます。
三日月: 夕方の同じ時刻に見ると、西の低い空に見えます。
半月(上弦の月)の頃: 夕方の同じ時刻に見ると、南の高い空に見えます。
満月の頃: 夕方の同じ時刻に見ると、東の低い空から昇ってきたばかりです。

■北半球と南半球では、月の満ち欠けが進む方向(左右)と上弦・下弦のときの形が完全に逆になります。

上弦の月(新月から満月へ向かう):北半球では右側が光る(Dの形)。南半球では左側が光る(Cの形) 。
下弦の月(満月から新月へ向かう):北半球では左側が光る(Cの形)。南半球では右側が光る(Dの形)

■同じ面を向く

地球の重力(潮汐力)の影響により、天体の自転と公転の周期が同期する現象を「潮汐ロック」と呼びます。
月は自分自身が1回転する自転(約27.3日)と地球の周りを1周する公転(約27.3日)の周期が完全に一致しています。
これにより、月は常に同じ面を地球に向けます。

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夕空に見えた三日月は数日後には日が沈んだ直後の空で半月になり、さらに数日経つと満月に、その後は夜半過ぎから夜明けの空に移って次第に細くなっていきます。
この変化を月の「満ち欠け」といい、ほぼひと月の周期でくり返されます。地球にもっとも近い天体である月の、変化のしくみを考えます。

月は毎夜、形を変かえています。目に見えない新月しんげつから三日月みかづき、半円の月、丸い満月まんげつになり、今度は欠かけていきます。そして、もとの新月しんげつにもどるまではおよそ29.5日。昔の人は、この月の満みち欠かけで日にちを数えていました。例たとえば、15日目の月である満月まんげつを見つけたら「ああ、今日は15日だ!」とわかったわけです。月と人間は、いまの時代よりも生活に強くむすびついていたんですね。

地球のまわりを回りながら太陽を回る

月の満ち欠けは月と地球、太陽の位置が変わることで起きます。私たちが住む太陽系は、中心にある太陽のまわりを地球などの「惑星」が公転1していて、その惑星のまわりを月などの「衛星2」がまわっています。月は地球のまわりを公転しながら、地球といっしょに太陽のまわりをまわっているのです。

太陽は自分で光を出す「恒星」ですが、地球などの惑星や月などの衛星は自分では光りません。これらが夜空で光って見えるのは、太陽の光を反射しているためです。地球の北極のはるか上空から地球と月を見たようすが右下の「月の形の変化」の図です。左側の太陽からの光で、地球も月は左半分だけが輝いています。月の明るい部分が月面の昼、暗い部分が夜にあたります。

■北半球と南半球では、月の満ち欠けが進む方向(左右)と上弦・下弦のときの形が完全に逆になります。
上弦の月と下弦の月の見え方
区分北半球での見え方南半球での見え方

上弦の月(新月から満月へ向かう) 北半球:右側が光る(Dの形)南半球:左側が光る(Cの形) 赤道付近
下弦の月(満月から新月へ向かう) 北半球:左側(左側)が光る南半球:右側(右側)が光る(Dの形)

赤道:
月は頭の真上(天頂)付近を通過します。大きく回転する: 月の出から月の入りまでに約180度回転し、昇るときと沈むときで模様の向きがまるで変わります。お椀型に見える: 三日月などは、舟やボウル(お椀)を上向き・下向きにしたような傾いた形で見えます。

緯度による見え方の違い
北半球(中・高緯度:日本など)月は南の空を通ります。
弓の弦(直線部分)が左側(東側)を向き、膨らんでいる側が右側(西側)を向いた半月に見えます。
赤道付近(低緯度)月は真上(天頂)近くを通ります。地平線から昇る時は、弓の弦を下に、膨らんでいる側を上にした「船のような形」(上向きの半月)に見えます。南半球(中・高緯度:オーストラリアなど)月は北の空を通ります。北半球とは上下左右が逆転するため、弓の弦が右側(東側)を向き、膨らんでいる側が左側(西側)を向いた半月に見えます。

月が動いて見る向きが変わる

■同じ面を向く
自転と公転の一致:月は地球の周りを1周する公転(約27.3日)と、自分自身が1回転する自転(約27.3日)の周期が完全に一致しています。
潮汐ロック:地球の重力(潮汐力)の影響により、天体の自転と公転の周期が同期する現象を「潮汐ロック」と呼びます。これにより、月は常に同じ面を地球に向けるよう安定しています。

■太陰暦
太陰暦には大の月=30日と小の月=29日があります。

月の満ち欠けを利用して日を数える暦を太陰暦といいます。
 日本が明治 5年まで使っていた暦(旧暦)もこの太陰暦の流れを汲む暦でし
 た。この暦は正確には太陰太陽暦と呼ばれるもので、一年の平均の長さを太
 陽の一回りの周期に一致させるための仕組みを組み込んだ太陰暦でした。

「暦」は飛鳥時代に中国から日本へ伝わりました。百済から学者を招いて、日本で初めて暦が作られたのは推古12年(604)、今から約1420年前だそうです。
当時使われたのは、「太陰太陽暦」(「陰暦」「太陰暦」とも。)。それ以来長い間、「太陰太陽暦」は、暦法(計算の規則)を変えながらも、明治時代まで日本で使われてきました。

「太陰太陽暦」は月の満ち欠けから1か月を決めるものです。新月が満ちて満月になり、また欠けて次の新月になるまでをひと月とします。月が満ちる周期は29.5日なので、ひと月が29日(小の月)30日(大の月)を作りました。すると、1年(12ヵ月)は354日(29.5日×12ヵ月=354日)となります。現在の暦の一年365日と比べると11日間少ないです。三年経つと33日、約1ヶ月分ずれます。

この一ヶ月のずれを調整するために、太陰太陽暦では、数年に一度(19年に7回)、一年が13ヵ月の年(うるう年)を作りました。

太陽暦が使われていなかったのに、なぜわざわざ、このずれを調整する必要があったのでしょう。

4月に桜が咲き、8月の日射しは焼け付くよう・・・。私達が感じるこの「季節」は、太陽の働き(位置)によって変化します。言い換えれば、季節は太陽暦の一年12ヵ月に沿っています。それが一ヶ月もずれると、月と季節が合わなくなるからです。

三日月みかづきは本来、太陰暦で3日の月のことです。

1日目の月【新月しんげつ】
太陽の方角にあるので見られない月
この1日目の月を日本では「朔月さくげつ」とも呼よんでいます。「朔さく」は「はじめ」という意味で、月の満みち欠かけがここから始まるよ、ということ。実際じっさいには昼間の太陽の方角に月が出ているので、地球からは見られません。

2日目の月【二日月ふつかづき】
糸のように細い月

新月の翌日よくじつ、太陽がしずんだ後、西の空の低ひくいところを探さがしてみましょう。糸のように細い月が見つかります。この月は「二日月ふつかづき」と呼よばれ、秋には20分くらい、他の季節きせつでも1時間くらいで、しずんで見えなくなってしまいます。

3日目の月【三日月みかづき】
願ねがいをかなえてくれる月

3日目の月「三日月みかづき」は、太陽がしずむころ、西の低ひくい空に見つかります。でも、ビルや山があると、それにさえぎられて、なかなか見ることができません。だから、見つけられたら幸運があると考えられてきました。戦国せんごく時代の武将ぶしょうは兜かぶとに三日月みかづきをつけて必勝ひっしょうを願ねがったり、学校や会社のマーク、国旗こっきに使われたりしています。

7日目の月【上弦じょうげんの月】
弓の形に似にている月

この月は、満月まんげつを縦たてに半分に切った形をしています。太陽の光が右半分を照てらしているので地球から見ると半円に見えるわけですね。弓の形に似にているところから「弓張月ゆみはりづき」とも呼よばれています。「上弦じょうげん」というのは、夜中に西の空にしずむときにカーブしている方が下になり、弓の弦つるが上にあることをいいます。

13日目の月【十三夜じゅうさんや】
満月まんげつまであと少しの月

13日目の月「十三夜じゅうさんや」は、満月まんげつに次いで美しいとされている月です。古くから豆や栗くりをお供そなえしてお月見が行われてきました。これから満みちていく様子が縁起えんぎの良よい月として親しまれてきたわけですね。

15日目の月【満月まんげつ】
ひときわ輝かがやいている月

もっとも丸い状態じょうたいになるのが15日目の月「満月まんげつ」です。月と太陽をむすぶ線上に地球が位置いちし、太陽の光が月全体を照てらしているので他の形の月とは明るさもちがいます。また、満月まんげつだけは一晩ひとばん中見ることができるのも大きな特徴とくちょうです。この日の月は「十五夜じゅうごや」とも呼よばれています。

16日目の月【十六夜いざよい】
17日目の月【立待月たちまちづき】

月の出が十五夜より少しおそくなっているのを「月がはずかしがっている」と見立てたのが「十六夜いざよい」です。その次の17日目の月の出はさらにおそく、外に立って待っていたことから「立待月たちまちづき」と呼よばれています。どちらも新月に向かって、少しずつ欠かけていく月となります。

18日目の月【居待月いまちづき】
19日目の月【寝待月ねまちづき】

満月まんげつを境さかいに月の出が次第におそくなるため、18日目の月は座すわって待つことから「居待月いまちづき」と呼よばれています。19日目の月はさらに月の出がおそくなるため、寝ねて待つことから「寝待月ねまちづき」と呼よばれるようになりました。これらの月は、夜が明けるまで輝かがやいており、太陽がのぼる前まで西の空で白くすきとおったように見えます。

23日目の月【下弦かげんの月】
おそい時間にあらわれる月

26日目の月【二十六夜月にじゅうろくやづき】 三日月とは逆ぎゃくを向いた月
26日目の月は、夜中の1時から3時の間にのぼり、夜が明けるころに空で白く輝かがやきます。三日月とは逆ぎゃくを向いており、うかんでいる場所も西ではなく東です。

28、29日目の月【明けの三日月みかづき】 満みち欠かけひとめぐりの月
月は約やく29.5日で、また新月になります。実際じっさいに私わたしたちが見られるのは28、29日目の月まで。季節きせつにより地球と月の動きにずれがあるため、最後さいごの月が見られる日にちがいがあります。この月は、明け方に輝かがやいて見えるので「明けの三日月みかづき」と呼よばれています。

■月食とのちがい
満ち欠けの原因を「地球の影に入るから」と思っている人も少なくないようです。でも、月が地球の影に入る現象は月食3といい、満ち欠けとは別のしくみです。その証拠に、月食では欠けぎわ(明るい部分と暗い部分のさかいめ)は常に一定にカーブしています。

月食で暗い部分は月にうつった地球の影で、地球の形にまるくなっています。
月の満ち欠けでは、欠けている場所のへりのカーブが毎日変化し、半月では直線になります。

上弦じょうげんの月とはまったく反対で、同じ半月でも左側ひだりがわ半分が輝かがやいて見えるのが「下弦かげんの月」です。この月は弓張月ゆみはりづきのひとつで、弓の弦つるを下にした形でしずみますが、だいたい夜中の12時前後にのぼるので、観察かんさつするためにはおそくまで起きていないと見られません。

位置と高さの変化東から西へ動く: 地球の自転により、月も太陽や星と同じように東の空から昇り、南の空を通って西の空へ沈みます。

時間帯ごとの位置: 夕方には東や南にあった月が、深夜から明け方にかけては西へと移動します。形や明るさの見え方1日での形は変わらない: 月の形(満ち欠け)自体は数日〜約1ヶ月かけて変わるため、1日のうちに三日月が満月になるような大きな形の変化はありません。

昼と夜の見え方: 昼間は青空の中に薄く見えることがあり、夜間は暗い背景の中で明るく際立って見えます。大きさの錯覚: 地平線に近いときは大きく見え、高いところにあると小さく感じられることがありますが、これは目の錯覚によるものです。

月は毎日、前日よりも約50分遅れて東から昇ってきます。
そのため、毎日まったく同じ時刻(例えば夜の20時)に空を見上げると、
月の位置は以下のように変わっていきます。
1日ごとの位置の変化
西から東へと位置がずれる: 毎日同じ時刻に観察すると、月は前日よりも東側(左側)へと移動していきます。
1日で約12度動く: 月は地球の周りを約1ヶ月かけて公転しているため、同じ時刻で見ると1日に約12度ずつ東へ進みます。
形(満ち欠け)との関係同じ時刻に見る月の位置は、そのときの月の形と深く結びついています。
三日月の頃: 夕方の同じ時刻に見ると、西の低い空に見えます。
半月(上弦の月)の頃: 夕方の同じ時刻に見ると、南の高い空に見えます。
満月の頃: 夕方の同じ時刻に見ると、東の低い空から昇ってきたばかりです。

https://starwalk.space/ja/moon-calendar
https://www.nao.ac.jp/faq/a0201.html
https://weathernews.jp/s/star/moon_calendar.html
https://global.canon/ja/technology/kids/mystery/m_01_11.html
https://www.hitachi.co.jp/kids/kinopon/kinopontown/sky/04/
https://www.thinktheearth.net/jp/earthrium/19time/text02.html
https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter2/s1.html
https://koyomi8.com/moonage.html

https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B7EEA4CECBFEA4C1B7E7A4B12FB7EEA4CECEF1A4CEC2E7A4C8BEAE.html
https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2CEF1.html

https://www.minatogawajinja.or.jp/column/8361/

【中学受験】月の満ち欠けを超わかりやすく視覚的にも解説!


https://www.kids.isas.jaxa.jp/faq/moon/000070.html

南半球の月

花ズッキーニ

花ズッキーニをモチーフにした柄です。

ズッキーニの花言葉には、「ほのかな恋」という意味があります

ズッキーニは、見た目はきゅうりのようですが「ペポかぼちゃ」の変種です。原産地は北アメリカ南部~中南米ではないかと考えられています。16世紀頃にヨーロッパに伝わり、19世紀後半にイタリアで改良されたものの中からズッキーニが誕生したと言われています。
別名「つるなしカボチャ」といわれ、分枝が発達することはなく、親づるがどんどん生長します。整枝といって、ズッキーニの実の下の葉を処理したり、支柱などでぐらつく株元を支えながら管理しながら栽培します。

植民活動をしていた16世紀頃、ヨーロッパに持ち込まれました。細長い形状は19世紀後半イタリアで改良されました。ズッキーニの名前はイタリア語で「小さなかぼちゃ」という意味です。
食用にしているのは未成熟の果実であり、成熟すると黄色くなり1メートルまで成長します。
ズッキーニは日本ではまだ歴史が浅く、普及し始めたのは1980年頃からですが、家庭菜園ではお洒落で人気の野菜のひとつです。花がついたままの未熟な果実も食用にするため、エディブルフラワーとしての一面もあります。

ズッキーニの花の特徴
ズッキーニの花は濃い黄色い5枚の花びらで、サイズは6〜8センチ程度です。瓜系の花の形でカボチャの花によく似ています。
このズッキーニの花は「花ズッキーニ」という名で初夏に市場に出回ることがあります。通常のズッキーニよりさらに未熟で、花のついた状態で収穫をしたものです(雌花)。
黄色い花の内部にチーズなど具材を詰めて揚げたり炒めたりして特有の風味を楽しめる食用花です。雄花も雌花同様、美味しく食べられます。

ズッキーニは雄花と雌花があり、実が付くのは雌花です。レストランなどで花ズッキーニ料理として使われるのは主に小さな実が付いた雌花が多いですが、花だけの雄花も同じように食べることができます。

ズッキーニの花は早朝に開花し、日が昇るとしぼんでしまいます。なので、収穫は夜明け過ぎの早朝に行わなければなりません。また、雄花と雌花共に咲いていないと受粉せず、実が付かないので、実を育てる場合は両方をある程度残したままにしておく必要があります。

花ズッキーニは非常に繊細で、室温ではすぐに萎んでだめになってしまいます。収穫後保存する場合は、花の中にキッチンペーパーなどを丸めて詰め、乾燥しないように袋などに入れて4度前後の冷蔵庫に入れておきます。そうすれば収穫後3~4日程いい状態で保存することができます。

収穫した花は、中に雌しべ、雄しべがあり、それらは食べても美味しくないので、花びらをそっと開いて、中心にあるそれを切り取っておきます。一般的には花の中に詰め物をして調理します。フリットなどの揚げ物の他、フライパンでソテーしたり、蒸し物にすることもできます。花の部分もクセはなく、ズッキーニの風味が楽しめます。

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https://www.suntory.co.jp/flower/homegardens/howto/lineup/zucchini.html

花ズッキーニの下処理方法とレシピ集

ズッキーニ

花付きズッキーニ 静岡産


https://greensnap.jp/article/8635
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五月雨縞

五月雨をイメージした縞柄です。
「五月雨」は、陰暦の5月、現在の梅雨の長雨を意味します。
継続的にだらだらと長く続くことの比喩でもあります。

「五月雨」の意味は?
「五月雨」は「さみだれ」と読み、意味について辞書では次のように説明されています。

さ‐みだれ【五‐月‐雨】
《「さ」は五月(さつき)などの「さ」、「みだれ」は水垂(みだれ)か》
1 陰暦5月ごろに降りつづく長雨。梅雨。つゆ。さつきあめ。《季 夏》「―を集めて早し最上川/芭蕉」
2 断続的にいつまでもだらだらと続くことのたとえ。「―式」「―戦術」
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)

「五月雨」は、梅雨の長雨を意味する言葉です。現在の梅雨シーズンは一般的に6月ですが、旧暦では5月ごろが梅雨にあたります。そのため、「五月雨」は、現在の「5月の雨」をいうものではありません。

俳句では夏の季語として知られています。

五月雨と書くからには、5月に降る雨かと思うかもしれませんが、この5月とは旧暦のこと。すなわち、五月雨は現代で言えば6月ごろに降る雨のことを指し、梅雨の雨という意味です。

参考にさせていただきました。

https://forbesjapan.com/articles/detail/74938

「五月雨」は5月の雨じゃない? 意味と「五月雨式」の使い方を解説

五月雨 さみだれ


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青葉

青葉の柄です。いろいろな青(青と緑)を使ってみました。

新緑が目に鮮やかな爽やかな季節、5月。
二十四節気の第7番目、立夏の頃、太陽の光をたっぷり浴びて、葉は緑を濃くしていきます。
そのような緑色の葉を、日本では青葉といいます。
日本語には元々、色相を表現する言葉は「赤」「青」しかなく、「緑」という言葉が出てきたのは平安時代から鎌倉時代あたりといわれています(「白」「黒」もありましたがこれは明度を表現する言葉でした)。虹の七色で言うと、赤・橙色・黄色・紫が「赤」、緑色・青・藍色が「青」だったようです。緑色を青と表現するのは、その名残だといわれています。

太陽の光エネルギーを使って光合成を行うのは、植物の細胞の中にある葉緑体です。葉緑体には、緑色のクロロフィル(赤や青の光を吸収)と黄色のカロチノイド(クロロフィルが吸収しきれない波長の光を吸収)。葉緑体が発達してクロロフィルが増えるにつれ、葉はその緑を濃くしていきます。夏が来ると緑が深まるのはそのためです。

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立夏(りっか)は、二十四節気の第7番目であり、暦上で「夏の始まり」を指す節目です。毎年5月5日〜5月20日頃がこの期間にあたり、新緑が鮮やかになり、晴天の青空と強い陽気を感じる、1年で最も過ごしやすい季節の一つとされています。

葉っぱの色は、太陽を吸収するための色素の色なのです。緑色はクロロフィル。黄色はカロチノイド。葉っぱのなかの葉緑体に含まれているこれらの色素によって、色みが変化していくのですね。

地球上にふんだんに降り注ぐ、太陽の光…まぶしい光を浴びると、私たち人間も、全身にエネルギーが満ちるように感じます。葉っぱは、実際にその光のエネルギーを、クロロフィルやカロチノイドなどの色素で吸収して、有機物(でんぷんなど)を生産しています。「光合成」ですね! その有機物を食べる昆虫や動物、有機物を分解するカビやキノコなど、生態系のすべての生きものの生活は、この葉っぱの働きなくしては成り立たないのでした。
森の中で見上げると、枝や葉の間からわずかに見える空。地上では、太陽の光はつねに上方から届きます。木々の足元で生きている背の低い植物にとっては「すきまから見える空の広さが全天に対してどれくらいの割合か」というのがとっても重要…その場所でやっていけるかどうかの目安となるのだそうです。光を得るために競争したりと、葉っぱも苦労が多いようです。

葉がまだ開ききっていなかったりして葉緑体が未発達のときは、クロロフィルよりもカロチノイドの色が目立ちます。だから春先の葉っぱは、黄色っぽい色をしています。葉緑体がだんだん発達し、太陽の光をたっぷり浴びてクロロフィルが増えるにつれ、葉はその緑を濃くしていきます。夏が来ると緑が深まるというのは、決して気のせいではなかったのですね。
と、いうことは…人間に降り注ぐ太陽の光も、すでにたっぷりと!? 私たちも紫外線対策に本気を出す季節がやってきました。

参考にさせていただきました。

https://tenki.jp/suppl/usagida/2018/05/06/28081.html

目に青葉   ~ 立夏 ~


https://japanknowledge.com/articles/kkotoba/25.html

目に青葉・・・緑を青と呼ぶのはどうして?

緑なのに青?日本語の不思議な色の呼び方

【目には青葉山ほととぎす初鰹】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!


https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1465
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ハクモクレン

ハクモクレン。早春の空に舞う優雅な白い花をイメージした柄です。

モクレンは、英語ではマグノリア。モクレン科モクレン属の総称で、1億年近く前にはすでに地球上に存在していたといわれています。
恐竜の時代も生き抜いたその生命力から、世界中で「忍耐」や「持続」、「高潔」の象徴とされています。

モクレンというと、学術的にはシモクレン(紫色の花のモクレン)を指すのだそうで、ハクモクレン(白い花のモクレン)とは区別されるそうです。
シモクレンの樹高は5m前後の中高木なのに対し、ハクモクレンは10m以上になる高木で、ハクモクレンの方がシモクレンより早く春先に開花し、あっという間に散ってしまいます。
春の訪れとともに、青空を背景に、見上げるような高さの位置に咲き誇る大輪の白い花はなんとも優雅で高潔さを感じます。

モクレンはツボミを見ると、尖った先がすべて北を向いて、方向指標植物(コンパス・プラント)と呼ばれます。これは、良く光が当たる南側が成長して膨らむためで、花の向きがそろっている姿にも美しさを感じます。

参考にさせていただきました。

https://weathernews.jp/s/topics/202203/180265/
https://www.hana300.com/hakumo.html
https://www.yomeishu.co.jp/genkigenki/crudem/200331/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%B3
https://www.forest-akita.jp/data/2017-jumoku/08-haku/haku.html

ハクモクレンの花言葉|花の特徴、モクレンとコブシとの違い

ハクモクレン


https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-173
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マグノリア(モクレン)は、1億年近く前から地球上に存在する非常に古い歴史を持つ植物で、モクレン科モクレン属の総称です。恐竜の時代から生き抜いてきたその生命力から、世界中で「忍耐」や「持続」、「高潔」の象徴とされています。

コブシが咲く頃、公園や庭などでボリュームのある大きな白花を咲かせる。花は、レモンやライムのような芳香を放つ。花が終わる頃に葉が出る。中国原産の高木で、公園樹や庭木として植えられる。よく似た紫色の花は、モクレン。日本産のコブシと似ているが、花弁の幅が広く大輪で、枝ぶりもハクモクレンの方が太い。

方向指標植物(コンパス・プラント)・・・早春のツボミを見ると、尖った先が一方向になびいているように見える。これは、ツボミが大きくなる過程で、良く光が当たる南側が特に生長して膨らむことから、先端は一様に北を向く。このため、北の方向を示す目印になる。同様に、モクレンやコブシ、タムシバも、早春のツボミはほとんどが北を向く。だから、早春の山では、コブシやタムシバの花は磁石代わりになる木として知られている。

春を象徴する花といえば梅や桜が挙げられますが、モクレンやコブシも春に欠かせない花です。

モクレンには紫の花を咲かせる種類もありますが、白い花を咲かせるハクモクレン(白木蓮)とコブシ(辛夷)は、見分けがつかないほど似ています。
春が近づく今の時季に、ほぼ同時に花を咲かせます。
コブシとモクレンはどちらもモクレン科モクレン属
モクレンは、モクレン科モクレン属の落葉広葉樹です。モクレンといえば紫色のシモクレン(紫木蓮)と白色のハクモクレン(白木蓮)が一般的ではないでしょうか。
どちらも中国原産ですが、シモクレンとハクモクレンは花の色以外にも大きく異なります。シモクレンは樹高4~5mほどの中高木で、根元から数本の茎が立ち上がる“株立ち”になりやすい木です。
一方のハクモクレンは樹高20mにも達します。どちらも日本に古くから渡来しており、寺院などに植栽されてきました」(小山さん)

「コブシもモクレン科モクレン属の落葉広葉樹です。別名ヤマアララギ、コブシハジカミ、種まき桜などと呼ばれます。日本や韓国、済州島に自生している樹木です。
東北地方などでは、コブシの開花が農作業を開始する目安とされる地域もあります」

ハクモクレンの花言葉は「高潔な心」だそうです。
コブシの花言葉は「友情」「歓迎」。この時期にぴったりですね。

ハクモクレン

ハクモクレンは、別名ハクレン、ハクレンゲとも呼ばれている中国原産のモクレン科の落葉高木。街路樹、公園、庭園、寺院、庭木など身近な場所にも植栽されています。
冬のハクモクレンが、ふわふわとした柔らかい銀色の毛に包まれているのは、寒さからつぼみを守るためだと考えられています。樹高は10~15mくらいになり、3月~4月に枝先に白い美しい大輪の花を咲かせます。9枚に見える花弁は、6枚の花弁と3枚の萼片(がくへん)で構成されています。
ハクモクレンは、見上げるような高さの位置で大きな白い花が開花し、その大輪の花は遠くからでも目を引きます。春の青空の中で、優雅に咲き誇る白い花は、桜とはまた違った美しさで人々を魅了します。

ハクモクレンの学名マグノリアは、ハクモクレン、シモクレン、コブシをはじめとした、たくさんの種類の総称です。マグノリアという名で販売されている場合もあるので、花の色、樹高や開花時期などを調べてから購入することをおすすめします。

シモクレン

モクレンというと紫色のモクレンをさすのが一般的ですが、両者を呼び分ける際は、白い花をハクモクレン、紫色の花をシモクレンと表現します。
シモクレンの樹高は5m前後ですが、ハクモクレンは高木で、10m以上になる木です。開花時期は、ハクモクレンの方がシモクレンより若干早く開花します。

蕾は鼻の病に使われる生薬「辛夷(しんい)」に

「ハクモクレン」は春を告げる香り高い大きな花ですが、花は短命です。春を待ちわびて咲き始めた花も、風が強い日や、薄霜の日は、白い花弁が褐色になって落下します。樹下一面に広がっている褐色の花びらは、自然の厳しさと無常を象徴しているようにも見えます。
モクレンは、学術的には「シモクレン(モクレンゲ)」を指します。ハクモクレンもモクレンも、花だけ見るとほとんど同じように見えますが、性状や花期が違います。ハクモクレンは樹高が5~10mで太い幹を立てますが、モクレンは3m程度で叢生(そうせい)する性質があります。花期はハクモクレンがモクレンより1カ月ほど早く、香りは白い花が強く、花弁は紫の花のほうが大きいです。花の中央部には上方に雌芯、周囲に雄芯が多数あり、7月頃に赤色の果実が実ります。蕾は毛で覆われ、先端は北方に向かって曲がる傾向があります。これは、芽の発育が旺盛な時、南側から陽光に照らされるため、南側の成長が早く、花芽の先端が北に向いてしまうためです。

薬用には、開花直前の蕾を採取し、軸を除いた後、風で乾燥させます。生薬名は「辛夷(しんい)」です。中国最古の漢方の書物『神農本草経』(250年~280年頃)の上品に収載されている生薬で、「辛雉」「木筆」「迎春」などとも呼ばれています。蓄膿症や鼻炎、鼻づまりなど鼻の病気一般や、頭痛、解熱、鎮咳などに用いられています。
花言葉は「自然の愛」「荘厳」「恩恵」です。

ハクモクレンやシモクレン、コブシなどモクレン属の植物は方向指標植物(コンパス・プラント)と呼ばれます。早春のツボミを見ると、尖った先がすべて北を向いていて、山中などでは磁石の針のように方位を知るのに役立ちます。これはツボミが大きくなる過程で、良く光が当たる南側が生長して膨らむためです。

菱餅羽根

3月3日の桃の節句(ひな祭り)に、娘の無病息災や成長を願って雛人形とともに供えられる菱形の餅、菱餅(ひしもち)を矢羽根仕立ての柄にしました。
桃・白・緑の3色が一般的で、桃の花、雪、大地を表し、春の訪れと健康、厄除けを意味します。

別名「雛 (ひな) の餅

■色の意味

赤:「魔除け」「先祖を尊ぶ心」
紅(赤)は桃の花、
解毒作用がある山梔子の実で赤味を付けて健康を祝うためであり、桃の花を表している。
色紅(代用品に赤梅酢でも可)

白:「子孫繁栄」「長寿」「清浄」
白は純白の雪、
この白い色が清浄を表し、残雪を模している。また、菱の実を入れて血圧低下の効果を得るという意味もある。

緑:「厄除け」「健康」
緑は新緑や大地をイメージしています。
初めは母子草(ハハコグサ)の草餅であったが、「母子草をつく」と連想され、代わりに、増血効果がある蓬を使った。春先に芽吹く蓬の新芽によって穢れを祓い、萌える若草を喩えた。
よもぎ(代用品として青のりでも可)

■米は穀霊(こくれい)が宿る神聖な食べ物

日本の行事にはお餅がつきもの。お正月には鏡餅や雑煮、端午の節句には柏餅、祝い事には餅を配るなどたくさんの例があります。
米は穀霊(こくれい)が宿る神聖な食べ物とされ、米をついて作るお餅には、そのパワーが凝縮されていると考えられていました。

■菱餅の菱形には健康と長寿の願いが込められている

菱餅の菱形には健康と長寿の願いが込められている
菱餅が菱形なのは、宮中で正月に食べる「菱はなびら餅」を模しているから、菱の実を食べて千年も生きたという仙人の話にちなんで菱の実の形を模しているからなど、諸説あります。しかし、いずれにしても、健康で長生きできるようにとの願いが込められています。

菱餅が現在のかたちになったのは江戸時代からです。もともとのかたちは定かではありません。しかし三重県では菱餅のことを「三角餅」と呼び、静岡県の遠江地方では3月3日に三角形のお餅を子どもから親に贈る風習が残っています。これらを踏まえて、もとは三角形のお餅だったのではないかと考えられています。

■最初は緑だった

中国では、ひな祭りを行う「上巳の節」に母子草(ははこぐさ)を入れた餅を食べる習慣があり、それが日本に伝わったとされています。母子草とは春の七草のひとつで、御形(ごぎょう)とも呼ばれます。日本では縁起がよくないとれ、邪気を払うヨモギが「菱餅」の緑色に使われるようになりました。

菱餅といえば緑・白・赤の3色が定番ですが、日本に伝わった頃は緑一色でした。前述の通り、中国から伝来したのは母子草の草餅でしたが、日本では「母と子をつく」のは縁起が悪いと考え、蓬(よもぎ)を用いるようになりました。蓬餅には、春先に芽吹く蓬の力で厄を払い、元気でいられるようにとの願いが込められています。

その後、江戸時代に菱の実を用いた白い餅を加えて2色になりました。菱の実は繁殖力が強いので子孫が繁栄するようにという願いが込められ、また白い色で清浄が表されています。さらに、明治時代にくちなしで染めた赤い餅を加えて魔除けを表すようになり、現在のような3色の菱餅となりました。また、蓬には増血、菱には血圧低下、くちなしには解毒の作用があるとされ、ここも健康や長寿につながる縁起物だとされるゆえんかもしれません。

上から桃色・白色・緑色の順で重ねられているものは、「桃の花が咲き、雪の下から新緑が芽吹きだしている」という早春のようすを表現しているそうです。

3色のひなあられは、一般的に桃色・白色・緑色です。
ひなあられは菱餅を食べやすいように細かく砕いたものだといわれています。

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スィーツなら抹茶といちごで作りました。⁡
サンドイッチならハムとキュウリ
お寿司ならほうれん草と桜でんぶ

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【プロが解説】ひな祭りに飾る「菱餅」の由来・意味とは? かつては緑色だった!?


https://precious.jp/articles/-/17057
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%B1%E9%A4%85

菱餅はなぜ3色?ひなあられはどうして食べる?ひな祭りに欠かせない食べ物の由来や歴史


https://www.kurashiru.com/lists/card/17005d6a-884c-4bcd-a624-a0400544ba91

柊菱

鋭い葉が特徴のヒイラギ。
立春の節分には、ヒイラギに、臭いイワシの頭を刺して玄関先に飾られます。
これは、とがったもの、強い香りのあるものが厄を払うという日本古来の風習に基づくそうです。

ヒイラギといえばクリスマスの飾りも思い浮かべますが、
クリスマス用に使われるのはモチノキ科の西洋ヒイラギ。春に開花し、冬に赤い実をつけるのに対し、
ヒイラギは冬に白い花をつけ、夏に青黒い実をつけます。

ヒイラギの葉をダイヤ柄状にアレンジした柄です。
ヒイラギの花の実の色でカラーリングしてみました。

■クリスマスの飾りとは実は別物

「木」偏に「冬」で「柊(ヒイラギ)」と書くように、ヒイラギは冬を代表する植物です。

ただし、クリスマスの飾り用に使われるのはモチノキ科の「ヒイラギモチ」。昭和時代に輸入された植物で、5月に花期を迎え、秋から冬にかけて赤い実を結実します。一方、日本特産の「ヒイラギ」はモクセイ科で、11月頃に花期を迎え、春に黒い実が熟します。

■ヒイラギと西洋ヒイラギの違い

名前が似ているヒイラギと西洋ヒイラギ(セイヨウヒイラギ)は、植物学上は異なる科に属する別の植物です。

ヒイラギはモクセイ科モクセイ属、西洋ヒイラギはモチノキ科モチノキ属に属します。

見分けるポイントは葉のつき方です。ヒイラギは対生(向かい合ってつく)、西洋ヒイラギは互生(互い違いにつく)です。

また、花の咲く時期も異なり、ヒイラギは11月~12月、西洋ヒイラギは4月~5月に開花します。

最大の違いは、西洋ヒイラギは冬に赤い実をつけること。
ヒイラギは冬に白い花をつけ、翌夏に青黒い実をつけます。また、ヒイラギの葉は対生ですが、セイヨウヒイラギは互生です。

■立春の節分に飾る柊鰯(ひいらぎいわし)

立春の節分に、ヒイラギの枝とイワシの頭は、柊鰯として「魔除けや厄除け」の意味をこめて玄関先に飾られます。
鬼が嫌う「イワシの匂い」と「とげとげした葉先が鋭いヒイラギ」を飾り、鬼が家へ入ってこないようにとの願いを込めて飾られたのが由来です。

■魔除けとしての由来

葉の鋭いトゲと花の強い香りが邪気を寄せつけないと信じられてきたためです。
この考え方は、「とがったもの、強い香りのあるものが厄を払う」という日本古来の風習に基づきます。
特に有名なのが、節分の風習「柊鰯」で、焼いたイワシの頭をヒイラギの枝に刺したものです。
鬼が嫌いなイワシのにおいと、ヒイラギのとがった葉を組み合わせて飾ることで、魔よけの意味合いが含まれています。

■雌雄異株
ヒイラギの花は11月から12月はじめの初冬に咲く。葉腋に集まって、直径5mmほどの白い花を咲かせる。雌雄異株であり、雄花は2本のおしべが目立ち、長い花糸が突出し、葯が目立ち、めしべは頭が出る程度。雌花は、めしべが発達して突出するとのこと。花冠は4裂し、反り返る。良い香りがある。

■老木は葉が丸くなる

老木になると葉の棘は次第に少なくなり、無くなって全縁となってしまう。
 幼木では棘があるが成長すると棘が無くなる植物は多い。幼木の時期は樹高が低く、草食動物などに食べられてしまう危険性が高く、棘で武装するが、成長して樹高が高くなると棘を持つ必要がなくなるからである。棘を作るためにはそれなりのエネルギー投資が必要なのであろう。

ヒイラギはモクセイ科モクセイ属の常緑高木で、一年中葉が茂っています。冬にキンモクセイの花を白くしたような花を咲かせます。
ヒイラギが晩秋~初冬にかけて花をつけることから、「木」と「冬」を組み合わせて「柊」になったと言われています。また、ヒイラギの葉のトゲに触ると痛いことから、ひりひり痛むことを意味する「疼ぐ(ひいらぐ)」が語源とも言われています。

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https://www.hana300.com/hiirag.html
https://www.yomeishu.co.jp/genkigenki/crudem/191128/

【ヒイラギの育て方】魔除けの木を元気に育てるコツとは?

ヒイラギの花言葉|花や葉の特徴、名前と花言葉の由来


https://www1.ous.ac.jp/garden/hada/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/oleaceae/hiiragi/hiiragi.htm

ヒイラギ


http://kobenohana.ec-net.jp/26syokuha/hiiragi1202.html
https://www.kkr.mlit.go.jp/rokko/rokko/vegetation/sp/183/index.html

ホースシュー

2026年の干支、午年にちなんで、
幸せを呼ぶラッキーモチーフ、馬の蹄につける蹄鉄の柄です。

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ほんの数十年前まで、馬は社会の基盤だった。人々は馬車で移動し、商人は馬で商品を運び、農民は馬の力で土地を耕し、兵士は馬に乗って戦った。歴史のなかで馬が家畜化され、人間の「足」となったのはいつだろうか?

野生の馬は約400万年前に北米で生まれ、ベーリング陸橋を渡ってアジア、ヨーロッパ、アフリカへと広がった。人類にとっては、最初は肉を得るための獲物だった。

1990年代に馬の家畜化についての科学的探究が始まった。西アジアのステップ地帯にある5000年前以前のヤムナ文化の遺跡から出土した馬の歯にハミの痕が見られたことから、この時期に馬が家畜されたとの「クルガン仮説」が提唱された。馬に乗ったヤムナ人がユーラシア一帯に進出し、クルガンと呼ばれる墳丘墓と、今日の言語のもととなったインド・ヨーロッパ語をもたらしたとの見方だ。

だがこの馬の骨の放射性炭素年代測定を実施したところ、ヤムナ文化のずっと後、3000年前以降のものとわかった。それでもクルガン仮説は消えず、考古学者らは西部ステップにあるヤムナ文化と同時代の遺跡、ボタイから出土した馬の歯の特徴から、馬に付ける頭絡の使用が示唆されると主張した。

その後、動物考古学の進歩によって状況が変わり始めた。まず北米の氷河期の遺跡で見つかった数十頭の野生馬の歯にボタイの馬と同じ特徴が見られ、頭絡の影響ではなく自然の個体差だと判明した。さらにボタイの馬のゲノムが解析され、そもそも家畜馬の祖先ではなく現存する別種の野生馬だったとわかった。

その後、ユーラシア各地で見つかった馬の骨のゲノム解析から、家畜馬の祖先は紀元前2200年ごろに黒海北岸のステップに出現したことが判明し、クルガン仮説はほぼ否定された。

初期の馬の家畜化を示すの証拠の1つは、カザフスタンにある紀元前2000年ごろの遺跡に二輪戦車とともに埋葬されていた馬の骨だ。

近年ペスト菌のDNA解析から、ヨーロッパを壊滅させた初期株は中央アジアの砂漠やステップで出現し、14世紀初頭に馬による広域移動ルートやシルクロードに沿って広がったことが見えてきた。

家畜馬はその後アフリカのサヘル・サバンナ地域、北米のグレートプレーンズ、南米のパンパ、さらにオーストララシアや太平洋の島国にまで到達し、新たな文化を形作った。

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馬の祖先が誕生したのが、およそ5500万年前。
人が馬を家畜化したのが、およそ6000年前。
日本に馬が渡来したのが、5世紀はじめ頃。
京都の上賀茂神社で加茂競馬が行われたのが、1093年。
イギリスで、サラブレッドと近代競馬が誕生したのが、1700年代前半頃。
横浜の根岸で、洋式競馬(近代競馬)がはじまったのが、1860年代頃。
そして、これからも人と馬の物語は続いていく・・・。

「身につけていると幸せになれる」といわれる”ラッキーモチーフ”。
四つ葉のクローバーや月など数々のモチーフがありますが、馬の蹄につける”蹄鉄”もそのひとつ。
蹄鉄(ていてつ)は主に馬の蹄に付ける金具のことを言い、馬蹄(ばてい)は馬の蹄を守るために装着するものの総称です。

そもそも野生の馬に蹄鉄は必要ありません。野生の厳しい環境下で栄養価の高い自然の餌で生活することで蹄が頑丈に発達するためです。
一方、家畜として飼われる馬は、多様性の少ない餌で栄養が十分にとれず、限定された環境で育つため、蹄が発達しにくく傷にも弱くなってしまいます。また馬車や積み荷などで馬が受ける負荷が増すことも、より蹄を磨耗させてしまうため、蹄の形に沿った蹄鉄を装着するようになりました。

ラッキーアイテムの所以は諸説ある
人と馬の歴史は深く、蹄鉄も中世以降のヨーロッパを中心に広がりました。
あわせて馬蹄はヨーロッパでは伝統的なお守りとされていて、魔除けや富の象徴などの意味が込められていますが、その起源は諸説あります。

ヨーロパ民族ケルト人が、ダーナ親族を鉄器と騎馬で打ち倒したことから、邪鬼など異界の住人は鉄=蹄鉄を嫌うとされた
イングランドの鍛冶屋が悪魔の足に蹄鉄を打ち付け、嫌がる悪魔に扉に蹄鉄が留められているときは絶対中に入らないという約束を取り付けた
村人が権力者の馬の蹄鉄を修理して大きな収入を得た
蹄鉄を蹄に打ち付ける釘の数は7つ=ラッキーセブン
また、日本では「馬は人間を踏まない」という性質から「安全運転」のお守りとする風習が生まれました。

人類の歴史は馬と切り離せない。生産手段や交通手段となり、権力の象徴や軍事力にもなり、また友でもあった。

人間の歴史は、「ウマ以前の時代」と「ウマ以後の時代」に分けられると言っても過言ではありません。人間は馬を保有したことによって、人間の歴史の構造を根底から変えるダイナミックな変化をもたらしました。ウマから速い移動速度を得た人間は、世界を探検し、遠方との取引が可能になりました。そして同時に、言葉や文化、病原菌でさえも、かつてないスピードで広まりました。
人間がウマを家畜化できるまでには多くの時間がかかりましたが、家畜化後はほんの数世紀のうちに、世界の各地にまで伝播しました。現代は内燃機関等に取って代わられて、ほとんどウマが登場する機会は減りましたが、「ウマ以後の時代」は20世紀初頭まで続き、人間にとって長らくウマは日常世界になくてはならない存在であり、世界はウマを中心に回っていました。
4000年以上もの間、人間が手懐け征服したウマは、人間にとって最も必要であり、かつ高貴な存在でした。家畜ウマ、荷馬、農耕馬、軍馬、競走馬……。人間の求めによって、ウマの活躍の仕方が変わって行きます。本書は、魅力に溢れるウマの歴史をたどっていくことで、私たちの社会がどのようなものだったのか、私たちの文化や歴史をも解き明かしていく一冊です。

 「人とコミュニケーションができる家畜」として馬は長年人の役に立ち親しまれてきました。
いまから約5千年前、それまで食料として狩猟の対象であった馬(ウマ科ウマ属)の家畜化が始まりました。人が馬の速く走る能力や持久力に着目し輸送・移動の手段として利用するようになったからです。
  その結果、人は大量の物質を遠くまで運搬することができるようになりました。さらに荒れ地を開拓し、広い農地を耕作し、馬は人類の文明発展に大きく貢献してきたわけです。馬の種類も農耕に適した品種、軍事用の騎乗馬など用途ごとに200種類を超える改良がなされました。
  しかし自動車などの文明の利器の発達と引き換えに馬の需要は急速に減少し、また農業の機械化により農耕馬の活躍する場も少なくなってきました。たとえば、「ドサンコ」として知られる北海道和種馬(在来種)は、明治末に9万頭を超えていたといわれていましたが、現在では1400頭余飼育されているにすぎません。世界的にみても娯楽用の競走馬(サラブレッド種)こそ残されていますが、馬品種の数は減少の一途です。

馬は元来「丈夫で力持ち」であり、さらに人による改良により、多様な用途に適した遺伝子をもっています。馬をいかに利用するか、その可能性は実は私たちの想像を超える大きなものなのです。ところで、動物はひとたび絶滅してしまうと、その品種を復元するのは非常に困難です。馬の多様な品種を保存するのは人の大事な役目といえるでしょう。

一つの例として、ここ数年注目されているのがホース・トレッキング(人馬と自然とのふれあい)やホース・セラピー(障害者の機能回復や情緒教育)です。ホース・トレッキングはコンパニオン性のある種類の馬を利用しています。人のストレスを解消し癒し効果が格別です。ホース・セラピーは癒しに加えて、揺れる馬上で馬にしがみつこうと体のいろいろな筋肉を使うことがダメージを負った機能の回復に効果があるのです。

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人と馬の関わりの歴史は大変長く、人類史が始まった5千年前頃には農耕や食用として馬の家畜化が開始したという記録があります。
その後、発展と共に輸送や軍事、娯楽など、様々な目的で馬が使われるようになりました。
紀元前500年には黒海周辺の遊牧民族が乗馬のための道具を発明し、そこから馬を活用した産業が一気に栄えていくことになります。
日本におきましても弥生時代の末期には、日常生活に馬を使っていたという記述が残っており、その歴史の古さを伺うことができます。
時の経過と共に、世界各地で馬術や乗馬が発展していきます。
それまで娯楽やスポーツとしましては馬車を使った競技が主流でしたが、17世紀頃にイギリスでサラブレッドが出現したことで、現代の競馬のスタイルが形成されました。
その後、科学の発展と共に、世界の多くの地域では馬を農業などに使う機会は減り、乗馬やスポーツを行うパートナーとして新たな役割を担っています。

車や電車などの交通機関や便利な機械がなかった時代、馬は経済動物として農業や移動手段のひとつとして大活躍していました。

現代におきましては、馬には新たな活躍の場があり私達と関わっています。例えば乗馬や馬術、トレッキングなどのスポーツのパートナーとして活躍しています。

他に障害者の機能回復などに役立つ「ホース・セラピー」があります。これは動物と触れ合うことで得られる癒し効果により、精神的な疾患の改善や治療を行うために取り入れられている方法のひとつです。

このホース・セラピーには実際に乗馬することも含まれており、人の筋肉をほどよく刺激することができるため、ダメージを負っている器官や筋肉の回復効果も期待されています。

このように人との関わりが深く、歴史の長い馬だからこそ得られるリラックス効果や機能回復効果が高く、有効な治療法として確立されつつあります。

馬はにおいに敏感で、においの強い植物や木の皮を食べません。

この性質に注目し、アヤメやシラカバなど景観保全のために馬を森林保護者として起用する研究を行っている学者もいます。科学が発展した現代おきまして、馬は新たな分野で人と関わることを期待されています。
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なんのためにつける?蹄鉄の役割

馬蹄・蹄鉄の意味と由来|幸運を呼ぶラッキーアイテム


https://kotobank.jp/word/%E8%B9%84%E9%89%84-100286
https://l-co-shop.jp/blogs/blog/magazine-motif

馬と日本人とのかかわり


https://equia.jp/trivia/post-6467.html
https://biome.co.jp/biome_blog_191/
https://www.nodai.ac.jp/web_journal/adventure/vol23.html
https://xn--pck1d9b158oimai14jyq3e.net/knowledge/history.html
https://www.agriworld.or.jp/agriworld1/umabunka/
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG270GD0X21C25A2000000/
https://www.iwakipumps.jp/blog/world/13/
https://www.touken-world.jp/tips/40362/
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20180615topics_sensitive_horse.pdf
https://www.elmeaure-toyota.com/

【疲れている人は、お馬さんに癒されよう】